【乳がん治療体験談まとめ】初期症状、治療、職場復帰……女性の乳がんの5つの体験談

2025.06.26

乳がんが発覚した、または家族が乳がんになってしまい、病気に関する情報を検索している方も多いでしょう。乳がんに関する情報を集める際は、まずは「がん情報サービス」など、信頼できるサイトを確認してみましょう。そのうえで、治療中は生活にどのような変化が生じるのか、治療が落ち着いたあとでどのようにがんと共に生きていくか、という部分ついては体験談に触れてみるとイメージしやすくなることでしょう。 

この記事では、乳がん治療の5つの体験談を紹介します。がんの初期症状や治療の経過、職場復帰などの体験をまとめたので、情報を収集している方は参考にしてください。 

20代のがん体験談

Case1.ホルモン療法の継続と妊孕性の温存に向き合った磯部さん

磯部さんは、保険会社に勤務している女性です。2017年、24歳のときに乳がんが発覚。ステージは2A、サブタイプはルミナルBと診断されました。乳房切除術を受けた後、抗がん剤・分子標的薬・ホルモン治療を受けています。 

磯部さんの乳がん体験談

体験談では、治療の影響による脱毛への不安、ウィッグを選ぶときにチェックしたポイント、卵子凍結を選択したきっかけなどが語られています。 

磯部さんは保険会社に勤務しており、がんの知識を持っていました。そのため、がんと診断されたときもほかの人に比べると恐怖が少なかったといいます。しかし、抗がん剤治療の中で髪の毛が抜ける可能性があると告げられたときは、ショックを受けて泣いてしまったそうです。 

磯部さんは、将来的に子どもを産みたいという強い思いを持っていました。がんと診断されたときは未婚だったため、卵子凍結を選択。術後のホルモン療法も10年間の治療をすすめられましたが、子どものことを優先的に考え、5年で治療を止めています。

「絶対に子どもを産みたい」乳がん罹患後のホルモン療法を5年で終えて。妊娠・出産を考えた決断。 

30代のがん体験談

Case2.白戸ミフルさん

神奈川県出身。35歳の時に乳がんの宣告を受ける。平日は化粧品メーカーのマーケティングに従事しながら漫画家・ライターとしても活躍。趣味は海外旅行、キックボクシング、婚活。
闘病記に加えて婚活エッセイも数多く手掛けており、著書に『乳がんステージ4だった私が、それでも合コンに行きまくって救われた話』(キノブックス)など。

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▷Instagram
▷連載漫画 

乳がんを宣告されて10年経ちました

第1話では、白戸ミフルさんの自己紹介、45歳になった時点での治療の振り返りを紹介しています。罹患からどのような経過をたどっているのかをわかりやすく漫画にしてくれているので、大まかな治療の経過を把握できます。

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40代のがん体験談

Case3.男の子4人を育てている最中に乳がんと診断されたCさん

Cさんは、関西在住の44歳の女性です。ご主人・高校生・中学生・小学生の双子のお子さまの6人家族で、日々の家事・育児に奮闘されています。
2021年7月に両側の乳がんの診断を受け、9月に乳房切除術を実施。
その後ステージ2A(ホルモン受容体陽性ルミナルAタイプ)と診断され、MICIN少額短期保険のがん経験専用がん保険に加入しています。

Cさんの乳がん体験談・前編

前編では、がん発覚時の話や乳房切除術を受けた後の悩みや気持ちについてつづられています。 

乳がん検診を控えていた矢先に右胸のしこりに気づいたCさん。しこりの硬さに恐怖を感じ、急ぎで検査を受けたところ両側の乳がんと診断されました。すぐに手術をしなければと焦る一方で「私死ぬかも」という恐怖に襲われ、精神的に不安定になっていたそうです。不安な気持ちや手術後の身体の不調、乳房再建などについても語られています。

前編:男の子4人を育てている最中に乳がんと診断され、身体だけでなく気持ちの面でもさまざまな葛藤がありました。

Cさんの乳がん体験談・後編

後編は、家計の不安や資産運用、保険の活用についてつづられています。 

ホルモン治療を受けていたときにファイナンシャルプランナー(以下、FP)に家計について相談し、ご主人の保険の見直しを提案されたCさん。しかし、そのタイミングでご主人も体調を崩し、経済的な不安が強くなったといいます。 

それからFPのアドバイスのもと、保険の見直しや資産運用などを実施。子どもの学費への備えも十分にしている一方で、万が一がんが再発したときの治療費が足りないと悩まれたそうです。 

治療費を用意するために検討したのが、MICIN少額短期保険のがん経験者専用がん保険への加入です。5年ほど保険料を払い続けた場合の保険料と、がん診断給付金の額を比較し、Cさんは保険への加入を決めました。 

後編:将来の教育費や治療費に備えて家計の見直しを行いました。

Case4.乳がん手術・退院後から1年で仕事を再開されたMさん

Mさんは、関西在住の女性です。家族構成はご主人・20歳と13歳のお子さまの4人。
2021年10月に乳がんと診断され、同年11月に乳房再建術を受けています。
乳がん発覚時に保険に加入しておらず、不安な気持ちを抱えていましたが、ある女性経営者のブログでMICIN少額短期保険の保険を知って加入しています。 

Mさんの乳がん体験談

体験談では、乳がんと診断されたときの不安な気持ち・胸がなくなるつらさ・術後の経過・仕事復帰までの体験がつづられています。 

Mさんは、がんと診断される約2か月前から不調に悩まされていましたが、胸に強い痛みを感じるようになったことがきっかけで、しこりに気づきました。そして検診の結果、乳がんと告げられることに。 

乳房再建の前後では気持ちのゆらぎもありましたが、再建したことで大好きな温泉や銭湯に行くことができ、前向きな気持ちになったそう。 

1年後には職場復帰をし、さらにがん罹患後にも加入できる保険を見つけたことで、金銭面の不安も和らいだとMさんは話しています。 

乳がん手術・退院後から1年。今は仕事も再開し、普通の生活に戻れたことに驚いています。

Case5.ご自身の両側乳がんをドキュメンタリーとして映像化した阿久津友紀さん

大阪府生まれ。

1995年、HTB北海道テレビ入社。長年、ピンクリボン運動や乳がん患者の取材をライフワークとして続け、7本のドキュメンタリー番組を制作。2019年、両側乳がんに罹患。
HTBのWebメディア「SODANE」の編集長として乳がんと生きる姿をつづるコラムを連載し、患者と双方向の交流を続けて発信を広める。 

公式インスタ

阿久津さんの乳がん体験談・前編

前編では、長年ピンクリボン運動に参加する理由・がんに罹患してから変化した気持ち・自身を題材にしたドキュメンタリー番組の制作などについてつづられています。 

阿久津さんは、元々はがんに罹患した方を取材する立場でした。しかし、ご自身両側乳がんと診断され、当事者側へと変わってしまったのです。そこから「がんに罹患しても元気に生きているからこそ、私が発信していく意義がある」と強く思うようになり、積極的に情報を発信し続けています。 

前編:元気に生きているからこそ、私が発信していく意義がある

阿久津さんの乳がん体験談・後編

後編では、がん患者が抱える仕事への不安、がんと共に生きていくためにはどんな社会になっていく必要があるか、ご自身の考えがつづられています。 

がんと診断された後、退職を促されたり、周りに気を遣われたりする不安から、職場に言い出せずに悩んでいる方も多くいるでしょう。阿久津さんもさまざまな不安を覚え、職場にすぐ伝えることができませんでした。しかし、手術のための休暇をもらう前に、上司から「いつでも戻ってきていいよ」といわれて心が楽になったそうです。 

阿久津さんは、がんに罹患していない人も巻き込んで、がんと共に生きる社会を構築することが大切だと話します。 

後編:がんと共に⽣きることができる社会を

※掲載している情報(ご本人及びご家族の年齢など)は記事の公開当時のものとなります。また、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではなく、当社が推奨するものでもありません。主治医と相談の上、最善の方法を検討してください。 

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