
生薬を配合した入浴剤などを全国の温浴レジャー施設やホテル・旅館などに製造販売している健美薬湯(けんびやくとう)株式会社では、毎年10月のピンクリボン月間に合わせて全国のお風呂でつながり、一斉に発信するピンクリボン活動として「日本列島しあわせピンクバスプロジェクト(以下、ピンクバスプロジェクト)」を行っています。取り組みの内容や始めたきっかけ、目指すものなどについて、同社の代表取締役社長松田宗大さんにお話を伺いました。
Profile 健美薬湯(株) 代表取締役 松田 宗大(のりひろ)さん

愛知県名古屋市出身。1991年生まれ。
2014年早稲田大学スポーツ科学部卒業後、アスレティックトレーナーを目指し渡米するも、父の病を機に帰国し、家業に入ることを決意。2015年株式会社ヘルスカンパニーに入社。2019年にグループの株式会社ヘルスビューティー(2022年健美薬湯株式会社に社名変更)の代表取締役に就任。お風呂をグローバルスタンダードにすることを使命と感じ、国内外に向けてお風呂の価値と機会の創造を進める。
入浴施設衛生管理士、レジオネラ対策登録アドバイザー、温泉入浴指導員、温泉ソムリエ、ピンクリボンアドバイザー。
父のがん罹患を機に、自分で気づくことが可能な乳がんへのアクションを開始
Q. ピンクバスプロジェクトを始められたきっかけを教えてください。
当社は戦後、浴場の清掃や水質管理用薬品の商社として創業しており、現在では生薬を使った薬効性の高い入浴剤を製造し、主に業務用として銭湯やスーパー銭湯を中心に提供しています。
私は5代目ですが、先々代の父は2015年に肉腫様腎細胞がんで亡くなりました。お酒もたばこもせず、健康診断やがん検診も毎年受けていたのですが、がんだと分かったときにはすでにステージ4。進行の早いがんで、約7か月で亡くなってしまい、定期的に検診を受けていても手遅れになってしまったことに悔しさや、やるせなさを感じました。
そこで4代目となった母が、がんのなかでも比較的自分で気づきやすい乳がんについて、アクションを起こすことを決めました。日本人は文化として入浴する習慣があり、その際に、裸になります。そのときに自分で確認することを習慣にできれば、日々の変化を感じ、早い段階で異変に気づけるかもしれません。そのタイミングで病院にかかれば、早期に治療を受けることができ、命が助かるかもしれない。それで2018年にピンクバスプロジェクトを立ち上げました。
Q. 具体的に行っていることを教えてください。
毎年10月は乳がんの早期発見・早期治療を啓発・推進するピンクリボン月間であり、10月1日はピンクリボンデーですが、そのタイミングでお風呂のお湯も入浴剤でピンクに染めようというものです。
具体的には、銭湯などの温浴施設向けには「ピンクリボンの湯」というピンクの湯色を持つ業務用入浴剤をこの時期に合わせて販売し、合わせて乳がんやブレスト・アウェアネスについて啓発するための店頭用・脱衣室用ポスターや浴室用POP、配布用シートを提供し、各施設で使っていただいています。 発信する内容は、活動の当初から日本対がん協会の医学的なバックグラウンドをふまえた正しい情報を発信しています。心がけているのは事実を伝えることと、がん経験者の方々などの心情に寄り添った表現とすることです。また、この活動を通して少しでも社会に還元していきたいという思いも当初からあり、売上の一部を日本赤十字社と日本対がん協会の「ほほえみ基金」に寄付させていただいています。

Q. お風呂という業態を、ピンクリボン運動に存分に活かされていますね。
10月のピンクリボン月間に限った活動ではなく、年間を通じて当社としてできることをさまざま考えています。このように啓発する以外にも、当社の業務用入浴剤は全て、人工乳房を劣化させないか試験を行い、合格したもののみ製品化しています。それにより、すでに乳がんになられた方が安心してお湯に浸かっていただけるようにと考えています。
Q. ピンクリボン運動にお話を戻すと、啓発ツールでは男性の乳がんについても発信されているそうですが、どのような考えからですか?
乳がんイコール女性の病気と認識されやすいですが、男性にもあるということを知ってもらいたい。これは当社として強く啓発したいことの1つです。銭湯やスーパー銭湯は基本的に男性客が多く、そこでピンクリボン運動といっても無関係と思われがちですが、男性にもある病気だといえば自分ごとになり、理解されるきっかけになります。なので、あえて男性向けにも啓発ツールを作成しています。

(女性向け)

(男性向け)
Q. 参加企業からの反響はいかがですか?
2018年からの累計で644施設に参加いただき、8割は温浴施設で、そのほかホテル・旅館、スポーツジム、高齢者施設などが参加されています。
「お客様からの反応も良く、続けていく意義を感じる」などに加え、「お客様に説明するために従業員も理解する必要があり、自分たちも理解が深まった」といった声もいただいています。また、そうして実際に胸を触ってみて乳がんの早期発見につながった例も出てきており、活動の意義を実感しています。もちろん、確認して乳がんではなかったと思えた方などもいるでしょう。
「業種を超えてお風呂でつながる」をコンセプトにしています。もっと輪を広げていくことで救われる命は増えると思うので、興味がある企業がおられれば、気軽に問い合わせいただきたいですね。
日々のお風呂で胸を気づかうことを習慣づけ、乳がんの早期発見を
Q. 改めて、ピンクバスプロジェクトで実現したいことは何でしょうか?
大事なのは「ブレスト・アウェアネス」、乳房の状態を意識して生活する習慣を持っていただけることだと考えています。がん検診とは別に、習慣的に入浴の際に胸を触って確認していれば、日々の変化に気づきやすいでしょう。そうして異変や違和感があったときには病院にかかれば、早期発見や早期治療につながるかもしれません。
こうした啓発を広げるため、入浴剤を使われない温泉施設や一般企業でも手軽に発信できるように、お風呂上りに使う胸専用の乳液や自宅のお風呂で使える入浴剤を開発し、ピンクリボンのデザインによる分包で製造・提供もしています。これにもポスターやセットで配れる啓発シートを用意しており、業種を超えて幅広い分野での発信に努めています。
これらは、日本対がん協会が毎月19日をピンクの日と言っているのに合わせて使ってもいただけますし、女性向けイベントで配布されてもよいですね。実際に、日本対がん協会が主催する「ジャパンキャンサーサバイバーズデー」でも、この分包入浴剤を活用していただきました。
こうして、ピンク色のお風呂を見た瞬間にピンクリボンのことを思いだしてもらい、胸のことを気づかう回数が、1年のなかでも増えていくことを願っています。
Q. 乳がんを経験されると大浴場や銭湯に行きづらさを感じる方も多いですが、どのように思われますか?
ピンクリボン活動を通して、乳がんを経験されると、入浴時にどうしても周りの目が気になってしまい、痛々しく思われたくない、家族にも見せたくないから大浴場や銭湯には行きづらい、といった声をよく聞きます。実際、ダイバーシティーがうたわれるなかで、いろいろな傷あとや障害があるような方でも、広々としたお風呂を心の底から楽しんでいただけるような社会にしたい思いがあります。
そこで、入浴着メーカーとも協力して、入浴着の認知や理解を進めることを次のステップとして考えています。日本には古来から湯浴み着として、入浴の際に身にまとう文化がありました。そうした歴史もふまえて、いろいろな考えから身体をカバーするものとして入浴着を広めていきたいですね。
Q. 最後に、読者にメッセージをお願いします。
乳がんを経て、好きだったお風呂を楽しめなくなった、大浴場や銭湯から足が遠のいているといった方々に、再び広々としたお風呂ならではの幸福感を体感していただきたい、取り戻していただきたいと願っていますし、何よりもブレストアウェアネスを身につけて早期発見・早期治療によって一人でも多くの命を救えればと考えています。当社のピンクバスプロジェクトの取り組みは、そんな勇気ある一歩を踏み出しやすくするための土台づくり、仲間仲間づくりだと考えています。施設や企業の方にとっては業種を超えて私たちと共に発信してもらえればうれしいです。
また、日本人の乳がん検診率は世界的にみてもまだまだ低いです。日本の文化であるお風呂が、気づきとしあわせを得られるきっかけの場としてもらえるように、私たちと共にピンクバスプロジェクトの輪を広げてもらえるとうれしいです。

同社の業務用入浴剤は全て、人工乳房で一定時間浸かっても色素の付着や弾力性の劣化などが起きないよう、試験済みです。自分用に、プレゼント用に、家庭で非日常的なお風呂を楽しめる入浴剤はオンラインストアでも購入可能。ピンクバスプロジェクトの製品もその時期には登場します。