がんの当事者や家族がとまどい、孤独なとき、無料で訪ねることができ、友人のような看護師や心理士がいる心地よい居場所――。それが、東京・豊洲にある「マギーズ東京」です。前編では、訪問看護師/認定NPO法人マギーズ東京 センター長・共同代表の秋山さんに、マギーズが目指すものと、その表れである建築やスタッフなどのあり方、利用者の過ごし方について伺いました。後編では、夢物語に思われた「マギーズ東京」の誕生ストーリーと、利用されている方の様子、そしてマギーズ流サポートの全国への広がりについて、伺います。
Profile 秋山 正子さん
秋田市生まれ。
1973年聖路加看護大学(現、聖路加国際大学)を卒業。看護師・助産師を経て、1992年東京の医療法人春峰会の白十字訪問看護ステーションで訪問看護を開始。2001年ケアーズ白十字訪問看護ステーションを起業、代表取締役に。2011年、医療や介護について気軽に相談できる場をと「暮らしの保健室」を東京・新宿に開設。2016年マギーズ東京を、共同代表の鈴木美穂さんとともに設立し牽引。2019年、赤十字国際委員会からフローレンス・ナイチンゲール記章を受章。
若いがんサバイバーの鈴木さんと出会い、「当事者&看護師」でマギーズ東京を実現
Q.もともとはイギリスで1996年に生まれたマギーズセンターを、日本に作ろうと思われた理由やきっかけをお聞かせください。
新宿区内で訪問看護を続けてきて2006年頃から、在宅療養されるがんの患者さんが増えていました。その最期の時間をもっと豊かに、QOLの高い過ごし方ができないかと思っていたときに、マギーズのことを知る機会に恵まれました。
2008年11月に、各国の外来でのがん看護のシンポジウムでスピーカーの1人として登壇したところ、イギリス代表がマギーズエジンバラのセンター長で、マギーズの活動を紹介されたのです。これこそ求めていたものだと思い、「資金があれば、ぜひ日本にも建てたい」と発言したら、会場に笑いが起きました。夢物語に聞こえたのですね。
ですが、まず実際に見てみようと、翌春には現地に飛びました。エジンバラ、ファイフ、ウエストロンドンにあるマギーズセンターを見せてもらい、アットホームな雰囲気で無料で気軽に相談ができ、そのための建物をしつらえて活動しているのは素晴らしいと、心から思いました。しかもそれらがすべて寄付によって作られて運営されているのです。
そうして2010年には、マギーズセンターのCEOである看護師のローラ・リーさんを日本に招へいして、東京と金沢で講演を行うなど、多くの人にマギーズを知ってもらうため、熱を入れて活動していました。
そんなときに新宿区戸山にある高齢化の進んだ団地で、書店だった空きスペースを借りられるというので、中を改修してマギーズのミニチュア版を始めたのです。それが、2011年7月に開設した「暮らしの保健室」です。いつでも医療・介護の専門職がいて、健康や暮らしに関する相談が無料かつ予約なしでできる場所で、マギーズのようにゆったり過ごせます。テレビのドキュメンタリーの密着取材を受けるなど、世の中からも注目をいただきました。
Q.マギーズ的な取り組みの第一歩ですね。2016年の「マギーズ東京」開設はそこからどのように進んでいったのでしょうか。
現在、共同代表理事を務める鈴木美穂さんとの出会いが大きかったですね。2014年4月、当時テレビ記者だった鈴木さんが訪ねてきました。そこで、取材に応えて「ここはマギーズセンターの準備室のつもりで作った」という話をしたら、自分の話をし始め、約2時間語り続けたのです。
彼女は24歳ですでに乳がんになっていて、「若いのに、可哀想に」と言われるのが一番辛かったそうですが、先が見えない不安の中、若いがん患者向けの情報誌を創ったり、同じような経験をした人が集まれる場所を作ったりしていました。そうして2014年3月にヨーロッパでがん患者団体の国際会議に参加し、患者本人や家族のための居場所を作るために物件を探し回ったという話を現地でしたところ、マギーズのことを教えられたそうです。
それでインターネットで調べてイギリスのマギーズを知り、日本ではどうかと検索したところ、私が2008年のマギーズとの出会いからずっとつぶやき続けてきた文章がいくつも上がってきて、「日本でマギーズをやるには、この人がキーパンソンだ」と、訪ねてきてくれたというのです。この出会いが契機となって、私は看護師の立場で、彼女は当事者の立場で一緒に、東京にマギーズを作ろうと決めました。
Q.鈴木さんが加わったことで、どのような変化がありましたか。
資金集めについて、クラウドファンディングをやろうと言われ、驚きました。2014年ですから、仕組み自体が今ほど知られていませんし、私たちの世代ではとても思いつかないもの。本当に集まるのか不安でしたが、若い世代がSNSで拡散してくれ、2か月で600万円の目標を1か月でクリアしてしまい、最終的に2200万円を集めることができました。そこから手数料や返礼品の用意にけっこうかかったのですが、さらにそれ以外のご寄付を合わせて上乗せし、本棟部分を建てることができました。
鈴木さんと2014年4月に出会ったので、2016年10月のマギーズ東京のオープンまで2年強。オープンの約1年前からNPO組織を作って仲間を集め、当初は日本財団から事業助成をいただいて立ち上がっていきました。このスピード感もすごいことで、イギリスでは1つのセンターを企画して造るのに5~10年かけています。マギーズ東京はパイロットプロジェクトとはいえ、いろいろな人の思いや支援を受けて、こんなにも早く生まれることができたのだと感謝しています。
また、私や鈴木さんのそれまでの活動もあったためか、オープンから多くの方に利用いただいています。ありがたいのは、さまざまに取材をしてもらえたこと。そして何より、利用された方がSNSなどを通じ、自分の言葉で体験談を発信してくれたことです。それだけ求められていた場所なので、日々しっかり運営していかねばと思っています。
診断や治療にまつわる不安や術後の体調不良、生活や家族の悩みにも寄り添う
Q.実際に利用されている方々のプロフィールを教えてください。
2016年10月のオープンから、2023年12月現在で4万1000人の方が来場・利用されています。その約半数ががんの当時者であり、25%が家族、その他は医療・福祉専門職などによる見学などとなっています。ご本人と家族は、最初から一緒に見える場合もあれば、まず本人が来て居心地よいと感じていただき家族を誘ったり、その逆もあります。がんとは長らく共に生きることになりますので、家族関係が大きく影響するのですね。お母さんが乳がんでこれから入院する場合に、子どもにどう話せばよいかと悩まれることは多いです。また、あまり関係がよくなかったパートナーが進行がんだとわかり、見放せないと葛藤しながら世話を続けているといったケースでは、パートナーの実家とも関係がよくなく、病状よりもそのストレスが悩みだったりもしました。がんになって改めて夫婦関係に向き合い、情が戻っていくこともありますね。
男女比では、女性が約8割と圧倒的に多いです。女性のほうが、目的やテーマが定まっていなくても、とにかく行ってみて話を聞いてもらいたいといったニーズが高いのでしょう。男性は目的やそれによる成果が明確でないと、なかなか行動を起こしません。そこで、日本独自に男性だけのグループプログラムを始めるなど、工夫しています。男性の理学療法士の指導で体を動かすのですが、参加者同士も交流しやすいようで、輪が広がっています。
Q.がんの病状としては、どのような方がおられるのでしょうか。
当事者の方のがんの種類としては、女性が多いため、乳腺が4割近く、婦人科がんも1割おられます。あとは胃や大腸、泌尿器の方と、特徴的なのは頭頸部がんが5%と一般的な比率より多くなっています。これは全国から、がん研有明などに通院されている方々でしょう。
また、どういう段階かについては、治療中や治療後に治癒を目指している方、治癒は考えていない方などが多く、そのほか診断・治療前の方もおられます。がん検診で再検査になりどうしようといった方や、治療に向けて考えを整理したい方、初期治療を終えて再発・転移を防ぎながらフォローアップされている方など、さまざま。治療中は定期通院なので病院でいろいろ聞けるけれど3か月、半年、1年と経つと、その間もいろいろ起こるが誰に聞けばよいかわからないと訪ねてこられる方も多くなります。
ちょっと足をひねって痛いだけでも何か骨にできたのでは?などと、そんな風にいつもざわざわ、もやもやを抱えている方が多いのですね。がん拠点病院には、がん相談支援センターが設置されていますが、予約が必要だったり、1枠20~30分と決まっていたり、ある程度テーマが決まっていないと予約ができなかったりするので、気軽に何でも相談できるマギーズのような場所も大事なのです。
ちなみに、こうしたデータは、スタッフが接する中で分かった範囲でまとめています。マギーズでは、予約の際には名前を伺いますが(※)、他の情報は特に伺うことも記入いただくこともありません。ですが、マギーズの国際ネットワークの一員として、年1回、ご協力いただける利用者約100人に満足度調査のアンケートは実施しています。それによれば、年齢は50~64歳が55%、35~49歳が35%と、働き盛りが多くなっています。最初にマギーズを訪れた理由の一番は、CSS(キャンサー・サポート・スペシャリスト:看護師や心理士など、医学的知識のある友人のような専門職)のサポートを受けるためということです。
※コロナ禍以降、当面のあいだは、安心してお越しいただけるように、事前にご一報をお願いしています。
Q.相談やお悩みの内容は病状以外に、生活やお金のこともあったりしますか。
もちろんです。治療に専念するために仕事を辞めてしまったが、治療がうまく運び、復職しようとしたところ難しかったという相談は、よくあります。使っている薬が高額療養費の適用ではあるが後払いなので、いったん自己負担分を払わねばならず大変だとか、第2の人生を過ごそうと大枚はたいて海辺の戸建てを購入したら、がんが発覚して生活プランが崩れてしまったなど、いろいろあります。自分の治療費がかかるので子どもの進学費が出せないと、おいおい泣かれた方もいました。がん保険で一時金が出たが、その使い方の相談もありますね。
そうしたお話には、臨床心理士でソーシャルワーカーのスタッフが対応し、使える制度などがないか相談にのります。また、「がん制度ドック」というサイトでは、がんになったときに利用できる可能性のある公的制度や民間の保険などを見つけることができます。信頼できるサイトなのでご案内して、一緒に考えたりもします。
あなたらしく生きられるために、「私たちはここに一緒にいます(Here with you)」
Q.今後の展望をお聞かせください。第2、第3のマギーズは計画されていますか。
マギーズと名乗ってはいませんが、同様のコンセプトで金沢に「元ちゃんハウス」があります。京都でも地元のNPOによる活動があり、神戸や広島でもグループが立ち上がっています。こうした思いをきちんと形にできるよう、「マギーズ流サポート研修」を年1回開催し、フォローアップ研修も用意しています。マギーズの真髄を理解し、体験学習や交流を通して自身のサポート力を磨く内容で、医療機関や地域で、がんなどを経験した人や家族の相談支援・対応に当たっている方を対象としています。1回30人ほどの定員ですが、倍近くの応募があり、のべ受講者も200人を超えました。その方たちの活躍も楽しみです。
また、「暮らしの保健室」のような場作りは全国に広がっていて、オンラインの全国フォーラムには100人以上が集まります。マギーズと同じく、相手の話をよく聴き、その力を引き出すのを中心に考えてもらっており、子どもや認知症に特化するなど、スタイルも多様化しています。出版した『暮らしの保健室ガイドブック』(日本看護協会出版会)には全国35ヵ所の実践事例を掲載しました。
Q.最後に、With Mi読者にメッセージをお願いします。
「キャンサーギフト」といって、がんになったことで友人ができた、こんな良いことがあったとポジティブに考えることがあります。それは本当に素晴らしいことですが、自分はそんな風に思えないという人も、もちろんおられるでしょう。人それぞれでよいのです。シュンとして落ち込んでいる自分も自分。大事にしてあげてください。あなたの人生を、あなたらしく生きられるために、「私たちはここに一緒にいます(Here with you)」から、どうぞ利用してください。人それぞれ、力を持っているので、それを一緒に探しましょう。 もちろんポジティブに生きている人の話もぜひ聞かせてもらいたいし、今は引け目を感じている方も、今日こうして勇気を持ってマギーズを訪ねてくれただけでもすごいということ。ぜひ自信を持って、上を向いてみてください。
取材協力
認定NPO法人マギーズ東京
〒135-0061 東京都江東区豊洲6-4-18
TEL. 03-3520-9913 FAX. 03-3520-9914
■開館時間
月曜〜金曜の平日 午前10時〜午後4時まで(土日・祝日はイベント時のみオープン)
・夜間オープン(ナイトマギーズ)原則毎月、第1,第3金曜日:午後6時~8時
※スケジュールは、変更になることがあります。最新情報は公式WEBサイトをご確認ください。
※マギーズセンターは、宿泊施設ではなく、また、治療や検査、投薬や施術を行う医療機関でもありません。