当事者や家族など、がんに影響を受ける人がとまどい、孤独なとき、無料で訪ねることができ、友人のような看護師や心理士がいる心地よい居場所――。それが、東京・豊洲にある「マギーズ東京」です。もともとはイギリスで1996年に立ち上げられたマギーズセンターの19番目、海外のセンターとしては香港に次ぐ2番目として2016年に開設されました。訪問看護師で、現在は認定NPO法人マギーズ東京 センター長・共同代表の秋山さんに、マギーズが目指すものと、その表れである建築やスタッフなどのあり方、利用者の過ごし方について伺いました。
Profile 秋山 正子さん
秋田市生まれ。
1973年聖路加看護大学(現、聖路加国際大学)を卒業。看護師・助産師を経て、1992年東京の医療法人春峰会の白十字訪問看護ステーションで訪問看護を開始。2001年ケアーズ白十字訪問看護ステーションを起業、代表取締役に。2011年、医療や介護について気軽に相談できる場をと「暮らしの保健室」を東京・新宿に開設。2016年マギーズ東京を、共同代表の鈴木美穂さんとともに設立し牽引。2019年、赤十字国際委員会からフローレンス・ナイチンゲール記章を受章。
がんによる身体的、精神的、社会的な痛みを乗り越えるための「心地よい居場所」
Q.木の温もりを感じる、たいへん居心地のよい建物ですが、どのようなこだわりがあるのでしょうか。
マギーズセンターでは、自分自身の力を取り戻すための空間づくりを大切にしています。がんによって影響を受けている人、罹患した本人やその家族というのは、自分で思っているよりも傷つき、困難な状況にあります。その人たちが身を寄せ、考え込んだり、専門家に相談したり、感情を素直に出せる場所として、家庭的で落ち着ける雰囲気にしているのです。実際、建物の外側のデザインは自由なので、世界のマギーズセンターには個性的なデザインのものもありますが、たいてい内装は心が落ち着くような工夫が凝らしてあり、中庭が見えるのが条件となっています。
そもそも創始者のマギー・ケズウィック・ジェンクスさんが、がん患者であり、病院の診療時に次の患者がいるからと廊下に出されたという経験をされたそうです。当時のたいていの病院の待合室は、薄暗くみすぼらしい椅子があるだけで、このような空間ではショックを受けた自分自身が辛いだけだと痛感し、自信を取り戻すための「家のような場所」が必要だと考えたマギーさんは、その思いを夫で建築評論家であったチャールズ・ジェンクスさんや担当看護師だった、現在のマギーズセンターCEOであるローラ・リーさんに打ち明けました。そうして友人たちも応援して、マギーズセンターという場所が生まれたのです。
Q.マギーズセンターにおける支援と、建築面での特徴を改めてお聞かせください。
がんと共に生きる人やその家族・友人たちが自らの力によって、その身体的、精神的、社会的な痛みを乗り越えることができるように手助けをする場所です。そのためCSS(キャンサー・サポート・スペシャリスト)として看護師や心理士、保健師など、医学的知識のある友人のような専門職たちがいつもいて、お話をゆっくり聴いて一緒に考えたり、必要な情報や制度を探すお手伝いをしています。利用は無料で、コロナ禍以降は予約をいただいていますが、月~金曜の平日10時から16時の間、基本的に来たいときにご利用しやすいよう、運営しています。そのほか、江東区と品川区の助成により、第1・3金曜の18~20時にもオープンしています。
このような専門職によるサポートを、建築や場の持つ力と共に提供するのがマギーズセンターの特徴です。現在、イギリスに20か所以上と香港、スペイン、そして日本にそれぞれ1か所ずつあり、すべて寄付やチャリティーにより運営されています。その建築には、求められる要件がいくつかあります。
たとえば、家庭のような場所として、エントランスは威圧感を与えない、温かみのあるドアであること。建築面積も、イギリスの一般家庭にならって280㎡くらい。窓を大きく取って自然光が入る空間であること。自然を感じられる庭があること。グループプログラムが行えるような広いスペースと、一方で静かに話ができるプライベートなスペースも確保できること。一人で泣けるように洗面所(トイレ)は広めに取り、気分が落ち着く暖炉や水槽などをしつらえることなどです。
Q.この「マギーズ東京」は、どのような建築になっているのでしょうか。
2つの建物が中庭を挟んで並び、渡り廊下でつながっています。まず本棟を設計した後に、国産材のモデルハウスが廃棄されると聞き、お願いして移築してもらったのが別棟となっています。ですから設計者は異なるのですが、建築家の阿部勤先生がマギーズの考えに共感されてボランタリーで、2つの建物が調和できるよう、工夫してくださいました。本棟の位置に合わせて別棟を配置し、外側に同じグレーのガリバリウム鋼板をあしらったのです。渡り廊下もゆったりとして、屋根があるので外履きに履き替えずに2棟を行き来できます。そして2棟の間には「林」をイメージして無垢の柱を数本配置し、互いのデッキをつながるように見せています。緑豊かな中庭もあり、室内からの眺めも心地よいものに。私は別棟の少し奥まったところにある椅子にゆったりと座って、渡り廊下のあたりを眺めるのが好きで、落ち着きますね。
1人でも2人でもそれ以上でも、ゆったり過ごして自分らしさを取り戻す
Q.ここを訪れる方は、どのように過ごされるのですか。
1人になるとか、スタッフと話をする。訪問されている方同士が自然と話をされたりもします。ひとしきりスタッフと話をした上で室内を案内して、お茶をいれ直して大きなテーブルの席に座ったら、たまたま向かい側にいた人と話をすることもあるでしょう。同じような体調の経過をたどっている人がいれば、相手の状態を見ながら「今日はこういう方も来ていますよ」といって、引き合わせることもあります。その際は当然、双方に許可をもらって行います。そうした心理的安全も保たれる場所であることが大事なのです。
平均的な滞在時間は1時間ちょっとくらいでしょうか。でも、2時間でもそれ以上でも自由に過ごしていただくことができます。スタッフが相談に乗っているのは1時間でも、その後、図書コーナーの本を好きなところに座って読まれていく方もいます。通院仲間の友人とここで待ち合わせする方もいますね。病院の喫茶ではゆっくりできないからと、いいですかといって何人かで予約を入れられます。
がん研有明病院など、がん専門病院が近いので、通院の度に寄られる方も多いのです。治療方針を決める診療予約の前に来られて、気持ちを落ち着けて向かいたいという方や、治療後に来られて癒しを求めるような方も。ここは豊洲といっても、にぎやかなエリアからは外れているので、人目や雑踏を気にせず来られていいとよく言われますね。関西のほうからいらしたご夫婦は、周りの人にはがんのことを一切話していないそうで、気にせず気持ちを打ち明けられる場所を探して来たとおっしゃっていました。
Q.グループプログラムも行われているようですが、どのようなものですか。
いろいろなテーマで行っていて、その方に合ったプログラムを見つけるお手伝いもしています。ヨガなどのリラクセーションやストレスマネジメント、みんなで体を動かすノルディックウォーキングなどもあれば、リンパ浮腫の教室、スキンケア・メイクや脱毛・頭皮ケアのプログラムも。
食事と栄養のテーマでは、体に優しいスープを管理栄養士が作ってレシピをお知らせし、みんなで味わいながら、自然と食にまつわるディスカッションになったりします。完全玄米食に切り替えたり、にんじんジュースに凝りだしたり、糖質制限を厳密に行ったりと、民間療法的にストイックになる方が多いのですが、食物は治療に関わることも多いので注意が必要です。極端な食生活により摂取する栄養素に偏りが大きく出ると、治療に差し障るような場合もあり得ます。そのような情報もお伝えしつつ、食事は楽しく食べましょうと言っています。
コロナ禍のときにオンラインに切り替え、遠方や海外からも参加されるようになったのですが、内容によってはやはり対面の方が参加者同士の交流が深まるので、少しずつ対面開催に戻しています。
後編では引き続き秋山さんに、「マギーズ東京」の誕生ストーリーと利用されている方の様子、そしてマギーズ流サポートの全国への広がりについて、伺います。
取材協力
認定NPO法人マギーズ東京
〒135-0061 東京都江東区豊洲6-4-18
TEL. 03-3520-9913 FAX. 03-3520-9914
■開館時間
月曜〜金曜の平日 午前10時〜午後4時まで(土日・祝日はイベント時のみオープン)
・夜間オープン(ナイトマギーズ)原則毎月、第1,第3金曜日:午後6時~8時
※スケジュールは、変更になることがあります。最新情報は公式WEBサイトをご確認ください。
※マギーズセンターは、宿泊施設ではなく、また、治療や検査、投薬や施術を行う医療機関でもありません。