
乳房再建シリーズ VOL1
9人に1人が乳がんにかかる時代。「乳房再建」という言葉は知っていても、どんな治療かがわからないという人が圧倒的です。そこで今回は、乳房再建を実際に行った体験者の方や乳房再建を行なう医師など、さまざまな立場の方に取材して、乳房再建の正しい情報をお伝えしていきます。今回は、その第1回目をお届けします。
取材・執筆/増田美加(女性医療ジャーナリスト)
インタビュー「プロポーズ直後に乳がんが発覚。乳房再建(インプラント)をしたあと挙式。娘にも恵まれて今は仕事とピアサポート活動を頑張っています!」
岡山えりこさん(仮名) (44歳・会社員)

岡山えりこさんのプロフィール
2011年 31歳で左胸にしこりを発見しブレストクリニックを受診。その後、乳がんと診断。
2012年1月 乳がん既往の母と共に受けた遺伝子検査で2人ともHBOC陽性。
2012年2月 左乳房全摘術(乳輪、乳頭も切除)+ティッシュ・エキスパンダー(組織拡張器)挿入
2012年5月 左乳房にインプラント挿入の乳房再建手術(一次二期再建*)
2012年9月 挙式 2013年5月 出産(現在11歳)
現在、ピアサポートチーム「ゆるふわ」運営スタッフ、E-BeCサポーター、乳がん体験者コーディネーター(BEC)19期、ピンクリボンアドバイザー上級認定、がん教育認定講師などピアサポート活動も活発に行っている。
プロポーズされた直後に胸の異変に気づき…
「がんと告知されたときは、すごくショックでした。医師からは左乳房全摘で乳房再建もできるからと話をされましたが、少しも頭に入ってきませんでした。私が思い描いていた未来が31歳で終る、と思った瞬間でした」と話す、岡山えりこさん(仮名)。
えりこさんが左乳房にしこりのような硬いものを発見したのは、つき合っていた彼(現・夫)からプロポーズされ、結婚しようと考えていた矢先のことでした。
その後、ブレストクリニックで乳がんと診断。治療する病院で受けた、主治医からの説明は「左乳房全摘で乳輪、乳頭もすべて切除する」というものでした。
「一緒に説明を聞いていた母は、自分も二度の乳がん手術を行い、怖い思いをしてきたので、娘の私には再発のリスクをできるだけ減らしてほしいとの思いがあったようです。そのためか、主治医に私が返事をする前に“それでお願いします!”と即答していました。
主治医からは、がんを取った後、しばらく期間をあけて乳房を再建するという方法があるから、と言われて、”そういう方法もあるんだ”と気づきました」(えりこさん)
その後、主治医の勧めで、母親と共に遺伝カウンセリング、遺伝学的検査を受け、二人とも遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)陽性でBRCA2の遺伝子変異があることがわかりました。
「それでも夫は、すべてを受入れ、私との結婚をやめようとはせず、“2人で頑張っていく”と母にも伝えたそうです。
私は、母が二度の乳がんの治療で苦しんでいる姿をすぐ横でずっと見ていました。私も母のようなつらい思いをするんだ。楽しい未来はないと、治療に前向きになれずにいました。
部分切除でゆがんでしまった母の胸を見てきたことも脳裏に焼き付いていました…。また、がんの治療がどうなっていくかわからないのに、再建のことまで考える余裕が当時の私にはありませんでした。でも、がんを取り残さずに済むように、乳房は全摘したほうがいいとは思っていました」
術後、目覚めてエキスパンダーが入っている胸を見て
乳がん治療にも、乳房再建にも前向きになれずに、医師から提示されたレールに乗るかたちで進んでいたえりこさんですが、乳がんの手術を終え、麻酔から目覚めたときに、左乳房にティッシュ・エキスパンダーが入っている自分の胸を見て、「少しホッとしたのを覚えている」と話します。
ティッシュ・エキスパンダーは、本番のインプラントを入れる前に、胸の皮膚と筋肉を伸ばすために、大胸筋の下に挿入します。およそ6~8か月かけて、エキスパンダーの注入口から生理食塩水を入れて徐々に膨らませ、皮膚と筋肉が十分伸びたところで、インプラントに入れ替えて、再建手術が完成となります。 えりこさんの乳がんの治療は、14日間で無事退院。退院1か月後、病理結果を聴きに行き、主治医から「今後の治療方針は、手術前にご説明したとおり、手術だけで大丈夫です。お薬の治療は必要ありません」と言われ、「ああよかった。これで治療は終わり! このまま再建していいんだ」と、心の中でつぶやきました。術後の病理結果を聞いた、このとき初めて、がんの怖さから少しだけ解放され、乳房再建について前向きに考えられたと言います。
インプラント挿入までの時間で、形成外科医との関係を構築できた
「私の場合、3、4回に分けてティッシュ・エキスパンダーに生理食塩水を足していき、約240ccくらいの水が入るまで、通院しました。ちょうどそのころ夫が転勤になり、通院しながら夫の転勤先に新幹線で行き来して、新居の整理や挙式準備をするという慌ただしい日々を過ごしていました。
本番のインプラントに入れ替えるまでの時間が約3か月あったので、友人に会ってがんのことを打ち明けたり、乳房再建の主治医ともコミュニケーションがとれたり、この時間がかえって良かったのだと思います」
えりこさんが選んだ乳房再建の方法は、一次二期再建。乳がんの手術と同時にティッシュ・エキスパンダーを入れることで、乳房をなくした喪失感はなく、ティッシュ・エキスパンダー挿入後から、本番のインプラントを入れる間に時間があるため、再建方法について熟考できるというメリットもあります。
「ティッシュ・エキスパンダー挿入中は、痛みや違和感は、ほとんどありませんでした。下着は柔らかい素材で、締めつけのないブラトップをつけていました。
一度、不正出血があって婦人科を受診したときに、金属入りのティッシュ・エキスパンダーが入っているのでMRI検査が受けられず、超音波検査になったことがありました。本番のインプラントになればマンモグラフィ、超音波はもちろん、MRIもCTも撮れるそうですが、ティッシュ・エキスパンダー挿入中はダメなんだ、と戸惑ったことを覚えています」
インプラントの再建法を選んだ理由は…
約3か月後、予定通りの生理食塩水が入り、インプラント挿入の乳房再建の本番手術に臨みました。
「インプラントの乳房再建を選んだのは、子どもを産むなら、お腹は切らないほうがいいと考えたからです。
病院が行う乳房再建の説明会で、実際に乳房再建を体験された方に、自分のお腹を切ってその組織を使う“自家組織の再建”のお胸を見せていただいたりもして、とても綺麗だなと思いました。でも、入院日数が多くなるし、やはり将来の出産の希望は捨てたくない、という気持ちでした」
当時(13年前)は、自家組織による乳房再建は保険適用されていましたが、インプラントによる乳房再建は、保険適用になっておらず、自費でおよそ100万円(2泊3日の入院・手術費)だったと、えりこさん。
乳房再建を終え、4か月後、挙式。そして、その翌年、女の子の赤ちゃんを出産しました。
乳房再建が娘と幸せな生活をプレゼントしてくれた
現在、乳房再建をしたことを振り返って、えりこさんは大満足していると話します。

「“ママは病気をして頑張ったんだよね”と今、11歳に成長した娘が私の胸を見て言ってくれます。乳輪、乳頭は作りませんでしたが、13年経っても再建した胸に大満足しています。再建を勧めてくれた先生に、心から“ありがとうございます”と言いたいです。本当にやってよかった。
結婚、育児で一時仕事から離れていましたが、今、仕事復帰して、乳がん前と変わらない生活を送ることができています。あのとき、私の人生は終わり…と落ち込んでいた自分が嘘のようです。乳房再建が私の今の幸せな生活をプレゼントしてくれたんだと思う気持ちが大きいです」(えりこさん)
術後10年経ったころ、乳がんにかかわる活動をしたいと、乳房再建の主治医に相談したところ、「ぜひ、乳がん治療後、乳房再建をして順調に生活が送れていることを話してください。みんなの希望の光になるはずですよ」と言ってもらいました。
その後、2022年に仲間とピアサポートチーム「ゆるふわ」を立ち上げ、運営スタッフとして活動。ピンクリボンアドバイザー上級認定もとり、がん教育の講師として中学、高校を回る活動もしています。
今後、HBOCのリスク低減手術で、卵巣卵管と右乳房を予防的に切除する手術をいつにするかを検討中。右乳房の再建も考えているそうです。
「これから、乳房再建をどうしようか迷っている方には、チャレンジする価値はある、と伝えたいです。私の母の時代は、乳房再建という方法が選択できない時代でした。母はインプラントが保険適用になったこともあり選択肢がある今の時代を羨ましいと言います。
ただ、再建しないという選択肢ももちろんあるので、納得して選んで欲しいと思います。乳がんと闘ってがんを治療するのが先決。治療と同時に、再建のことまで考えられない気持ちもよくわかります。焦らなくてもいい。再建はいつでもできるので、じっくり考えて決めればいいと思います。迷ったり悩んだりしたら、私たちピアサポートに相談してください。一緒に悩みましょう」(えりこさん)
Column
乳房再建手術にはどんな方法があるの?
「乳房再建手術」にはおもに、シリコンでできたインプラントを挿入する方法、自分の体の組織(お腹や背中など)を移植する方法(自家組織)、脂肪を注入する方法、それらを組み合わせる方法があります。
「乳房再建手術」は、乳がんの治療が終わっていれば、原則としていつでも望むときに行えます。手術に適したタイミングや方法は、患者さん一人ひとりの状況によって異なります。
1 手術を行うタイミング
「乳房再建手術」を行うタイミングには、①乳がん手術と同時に行う「一次再建」と、②乳がん手術を終えてから一定の期間をおいて行う「二次再建」の2種類があります。「一次再建」と「二次再建」には、それぞれ長所と短所があります(下記、一覧表参照)。
*えりこさんの場合は、「一次再建」です。
2 再建が完成するまでの手術回数
手術の回数別に分けると、①1回の手術で再建を完了する「一期再建」と、②最初にティッシュ・エキスパンダーを挿入し、胸の皮膚と筋肉を拡張した後に再建を完成させる「二期再建」の2種類があります。
*えりこさんの場合は、「二期再建」です。
*タイミングと手術回数を合わせて、えりこさんの場合は、「一次二期再建」と言います。
⇒ 乳房再建手術のタイミングや種類については
NPO法人E-BeC(エンパワリング ブレストキャンサー)のホームページに詳しく掲載されています。 https://www.e-bec.com/about/chapter1
【一次再建】 乳がん手術と同時に行う | 【二次再建】 乳がん手術後、一定期間をおいてから行う | |
一期再建 | 「一次一期再建」 1回の手術で完成させる | 「二次一期再建」 1回の手術で完成させる |
二期再建 | 「一次二期再建」 乳がん手術と同時にエキスパンダーを 挿入し、その後完成させる | 「二次二期再建」 エキスパンダーを挿入し、その後完成させる |
長所 | 乳房の喪失感がない入院期間が短く、経済的・身体的負担が少ない一次二期再建では、エキスパンダー挿入中に、再建方法を熟考する時間がある | まず、乳がん治療に専念できる再建手術についての情報収集と熟考の時間がある乳がん手術とは別の施設で再建を行うこともできる |
短所 | 一次一期再建では手術について熟考する時間があまりない | 再建手術の回数が増える(最低でも2回)入院手術費用が増える |
取材・執筆/増田美加(女性医療ジャーナリスト)

当事者視点に立った女性のヘルスケアや医療情報について執筆、講演を行う。
乳がんサバイバーでもあり、がんやがん検診の啓発活動を行う。
NPO法人「乳がん画像診断ネットワーク(BCIN)」副理事長。NPO法人「女性医療ネットワーク」理事。NPO法人「キャンサーネットジャパン(CNJ)」乳がん体験者コーディネーター。NPO法人「日本医学ジャーナリスト協会」会員。
増田美加オフィシャルサイト http://office-mikamasuda.com/
※掲載された情報は、公開当時の知見によるもので、現状と異なる場合があります。また、この記事はご本人から許可をいただき掲載しています。内容については個人の体験を元に構成したものであり、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありませんし、治療方針については当社が推奨するものでもありません。ご自身の主治医とよく話し合い、最善の治療を選択してください。