
もしも、がんを罹患したご家族に「頑張って」と声をかけることさえ難しい時、私たちは大切な人に何をしてあげられるのでしょうか。 もともと、医療や介護とは全く違う業界にいた前川知子さんが、がんになったお母さまの介護をきっかけに開発したのが、がん患者さんとその家族のためのタッチングケア、マシュマロ・タッチ®です。マッサージとは一線を画すマシュマロ・タッチ®について、お話を伺いました。
Profile アイグレー合同会社 代表 前川 知子さん

がんで母を看取った経験からタッチングケアに取り組み、医療や介護に活かせる
マシュマロ・タッチ®とメディカル・タッチを開発。がんや認知症患者1,000人以上にタッチングを提供。また、タッチングやマッサージのトレーニング機器を開発し、特許を取得。10年以上、患者さんやご家族にタッチングを提供するボランティア活動も行ってる。
母への想いから生まれたマシュマロ・タッチ®
前川さんのお母さまがステージ4の大腸がんを宣告されたのは、今から20年ほど前のことでした。手術後、抗がん剤治療を始めるも効果がなくなってしまい、緩和ケア病棟へ転院することになります。
「これまでマッサージ好きだった母が『しんどいからやめて』と言うようになりました。私は”なでさする”ことしかできませんでした。しかし、力が入らないように優しくなでていると、母はいつの間にか眠りについてくれました」
この経験が、前川さんの人生を大きく変えることになったそうです。
お母さまを看取った後、前川さんは「なでさすることががん患者さんに何か良いことがあるのではないか」と考え、広島から大阪へ出て、鍼灸やアロマセラピーを学び始めます。しかし、一般的なマッサージやアロマは、がん患者さんの状態によっては負担になることが多く、強いマッサージや香りの好き嫌い、アレルギーの問題など、課題に直面しました。
そこで前川さんが着目したのが、マッサージのように筋肉を揉むのではなく、皮膚の表面を優しくなでるタッチングでした。皮膚には気持ちいいと感じるセンサーが存在し、ゆっくり優しく触れることで、このセンサーが効果的に働きかけることがわかってきたのです。
エビデンスに基づいた優しい触れ方の確立
前川さんとともに活動する見谷さんは、神戸大学に入り、看護師の資格を取りながらタッチングの研究を行ってきました。
・短時間のハンドマッサージによる生理的・心理的効果の検証―実施時間の差異によるランダム化比較試験―
・実施時間が短く皮膚表面への圧が弱いタッチングによる生理的・心理的効果の検証
「医療現場で広く受け入れられるためには、科学的な根拠が不可欠です。こうして、エビデンスに基づき、誰でも実践できるタッチングの五原則が作られました」
「マシュマロを潰さないくらいの強さで触る、力を抜いて手のひらをぴったりくっつける、気持ちのいい向きでなでる、温かい手で触る、ゆっくりなでる。この五原則を守ることで、誰でも患者さんの体に負担をかけることなく、安心を与えることができます」
「一人じゃない」を伝えるタッチングの力

どうして、優しいタッチングが効果をもたらすのでしょうか。前川さんは、孤独感の緩和にポイントがあるのではないかと話します。
「がん患者さんは、身体的な痛みだけでなく、孤独感や不安、恐怖といった精神的な痛み(心因性疼痛)も抱えがちです。これらの精神的な負担は、本来の痛みをさらに増幅させてしまいます。タッチングは、この精神的な痛みに働きかけることができると考えています」
「触れるということは、一人じゃないということを教えてくれるものなんです。手や背中を優しくなでるだけで、患者さんは安心し、リラックスすることができます。この触覚の刺激は、脳幹や島皮質など脳の深部に伝わって呼吸や心拍、自律神経の働きを整え、心を落ち着かせる効果があるとされています」
広がるマシュマロ・タッチ®の可能性と未来
現在は、このタッチング技術を広めるため、専門のスクールを開講し、がん患者さんのご家族や看護師、さらには認知症患者さんのご家族にも教えています。
さらに、前川さんはマシュマロ・タッチ®のトレーニング機器も開発しました。これは、マシュマロを潰さない力加減や、心地よい速さを数値で測定し、誰でも適切なタッチングができるようにするための画期的なツールです。
前川さんの活動の原動力は、今も変わらずお母さまへの想いです。
「私が本当に母にしてあげたかったこと。そして、介護の中で私がしてしまった失敗を、他の人には繰り返してほしくない。その思いが、この技術の根底にあります。家族が、友達が、がんになって、『何をすればいいのかわからない』と、一人で抱え込んでいる方にこそ、まずはマシュマロ・タッチ®という心に寄り添う手段があるのを知ってもらえたら嬉しいです」
まとめ
マシュマロ・タッチ®は、がん患者さんを支えるご家族が「何かしたい」という想いを形にするための一つの方法です。やさしく触れることは、言葉を超えて「一人じゃない」という安心感を伝え、孤独を和らげる力を持っています。しかし、がん患者さんの状態は一人ひとり異なります。体力の低下や痛みの種類、治療による副作用など、考慮すべき点は多岐にわたります。
マシュマロ・タッチ®を試す際には、事前に主治医や看護師などの医療従事者に相談し、患者さんのお身体の状態に合わせた方法で行うことが大切です。この記事が、がん患者さんとそのご家族が、お互いに心身の安らぎを得るための、ひとつのきっかけとなれば幸いです。
【参考リンク】
▼アイグレー合同会社 マシュマロ・タッチとは (外部リンク)
https://aegle-llc.com/touching/