特定非営利活動法人deleteC 理事
澤井典子さん
がんを経験した立場でがん治療研究を支える想い

2022.03.14

がん告知されて感じた想いは「やはり自分もがんだったんだ」

がん治療研究支援の原動力になっているのは「がん患者さんを裏切ってしまった」という想いのような気がします。

2011年から行政の仕事に携わり、2014年からはIT企業でがん患者さん向けの事業開発をしていました。がん告知されても、その人がその人らしく生きられる世界観を作りたいと思い、日々駆け回っていたんです。そんななか、がん患者さん用のアプリ開発に向けて動いていたのですが、様々な課題をクリアできず、リリースに至りませんでした。患者さんがその人らしく、少しでも心身健やかになれるアプリサービスを目指し大きな目標を掲げていたものの、足元の資金収支等に追われて、心のどこかでは、そんな患者さんに理想的なアプリサービスに仕上げる自信がなかったのでしょうね。

医療者や患者さんなど多くの仲間と一緒に動いていたので、「あんなに素晴らしいアプリを作ってきたのに、なぜリリースしないの?」と周囲に言われました。“がん患者さんのために”と進めていた事業を立ち上げられず、患者さんを裏切ってしまったのは自分の弱さが原因なんじゃないかと、ある種のトラウマを抱えるようになりました。

私ががん告知されたのは、2018年のことです。この頃、私はがん分野の別の事業開発に向けて駆け回っていました。その中で、「これからの時代は、科学技術の進歩で、がんは早期発見・早期治療の時代になる!だったらまず自分が体験しよう」と思い、がん専門医療機関がおこなう高価な人間ドックを受けたんです。受診後、自分の乳房にがんが見つかりました。がんに関わる仕事を長く続けてきたので「がんは、年齢を重ねると誰でもなり得るもの」という認識があったので、「なってしまった」というよりは「やっぱり自分もがんになったんだ」という感じでした。

それと同時に、神様から「もっとがんを経験する当事者の立場で、がんについて考えなさい!」と言われている気がしたんです。これから色んなことがあるだろうけど、自分がどんな経験をし、その時々でどんな想いをするのか、これまで患者さんにインタビューして記録してきたように、自身のことを記録し続けることにしました。

がん告知後に変化した死生観

乳がんになったことを周囲に知らせると、知り合いのがん患者さん達から「ウェルカーム!」と明るく迎え入れてもらって(笑)。それは凄く印象的でしたね。また、とある70代男性のがん患者さんから言われた言葉で、印象に残っているフレーズがあります。

「人は必ず死ぬ。僕はがんと共に生き続け、最後はコロリと死にたいんだ」

尊敬しているがん治療研究者の先生からも「色んな病気があるけれど、私はがんで死にたい。がん患者さんは亡くなる直前まで自分と向き合い、自分の心を持ち続けたまま人生を全うできる」と話してもらったことがあります。

これらを聞いたとき、その通りだな、と思いました。たしかに、健康な体で何も考えず朝から晩まで突っ走って生きているときよりも、がん告知後のほうが一つひとつの出来事に対して考えることが多いんです。「(その出来事に対して)私は、どう考え行動して、生きるか」。そのことが、私の人生に深みを与えてくれていますね。「人は誰だって、必ずいつか死ぬ。だったら生きている時間を、もっと精一杯自分らしく、大切にしよう」って。毎日の何気ない生活が、何気なくいろんな人々と関わることが、とても愛おしく思えるようになってきたんです。

がんを経験する人々は、みんな自分の心や体と向き合い、たくさん悩むと思います。今、がん治療をされている方は、毎日の生活が続くなかで、突然がんと診断され、辛かったり苦しかったり、途方に暮れたりすることも沢山あると思うんです。そんなときは、少しだけ立ち止まってみて、自分を天井から見る感じで客観的に眺めてみると良いかもしれません。自分の心がなぜ辛いのか、何が不安なのか、何が少しほっこりしたのか、文字にしてみても意外な発見があるかもしれない。今、経験していること、考えていることは、必ず自分の人生のどこかで役に立つし、誰かの役にも立つんじゃないかなって。本当にそう思います。

私は、がん告知されてから死生観が変わりました。私は必ずいつか死ぬんだ、だからもっと生きようと。がんで悩んできたことも辛かったり苦しかったことも、大切な時間だったと痛感しています。今は、生きていく時間をもらえたことに感謝して、もっと自分らしく生きることに集中しようと思いながら過ごしています。

deleteC参画以前に感じていた2つの課題

がんの告知後、私は放射線治療を受けながら、個人的にもがんの分野で私なりにできることをもっとやろうと行動を始めました。それは、10年ほどがん治療研究に携わる仕事の中で“2つの課題”を感じていたからです。

1つは、「がん治療研究の最前線に当事者がいないこと」。もちろん、治療研究を進める先生方も行政・製薬会社・事業会社のがん専門家も「患者のために、一般市民のために」という想いで日々活動されています。ただ、仕事が進むにつれて専門的な内容になり過ぎてしまい、いつのまにか患者・一般市民から離れたものになっていく現場をたくさん目の当たりにしてきました。「本当に患者のためになる活動って何だろう?」「本当にがんを治す病気にするための研究を進められる仕組みをつくるにはどうすれば良いのだろう?」と悩んでいました。

2つ目の課題は、「がん治療の専門家と患者・一般市民との間にある情報の非対称性」です。がん治療研究は課題だらけなのですが、そのことが全然世の中に知られていないと感じていました。なぜ日本は治療薬の開発が遅れがちなのか、がん治療研究者は日常診療と研究で疲弊しながら研究しているのに、どうして報われないのか、欧米と違ってなぜ日本は医療現場で臨床試験のサポーターの数が少ないのか……。もし日本の医療現場で起こっているがん治療研究の現状を、がん患者さんや一般市民が知っていたら、全然違う動きになるのに。だったら、もっと自分が何か事業を起こしてその穴を少しでも埋めたいって。

がん告知後だったので、周囲からは「頼むから、もうちょっとおとなしく休んでくれ」と言われました。でも、私は何かしたくて仕方なかった。がん治療研究が抱える課題を克服するため、患者さんを裏切ってしまったという過去のトラウマを払拭するために、私は個人会社を立ち上げました。

とにかく衝撃だった創業メンバーとの出会い

私がdeleteCに参画したのは、創業理事の1人である長井陽子さんに誘ってもらったことがきっかけです。長井さんは、東京大学大学院薬学系研究科で博士課程を修了し、ゲノム・バイオインフォマティクスの分野で優れた研究者として大活躍されていた方です。長井さんからdeleteCのお誘いを受けた頃、私もちょうど長井さんと一緒に新規事業開発をやりたいと思っていました。でも、長井さんに私の考えていた事業のアイデアを話すと、「澤井さん、もっとワクワクするプロジェクトがあるんですよ。ぜひ一緒にやりましょう!」と言われたのです。そして、創業理事の中島ナオさんを紹介してくださいました。

(左)理事 澤井典子さん (右)創業理事 中島ナオさん ※募金集めをした際の写真(2019年10月)

中島ナオさんとの出会いは、とにかく衝撃的でした。初めて会った日、ナオさんは私の顔を見るなり、いきなり「がんを治せる病気にしたいんです」と言われたんです。こんなストレートに表現する人を私は見たことがなかったので、初めは「この人、大丈夫かな?」と思いました。がんを治すのはそんな簡単なことじゃない、がんを治すために専門家は日々猛烈に努力しているんだよ、がんを「治す」という言葉自体、大議論になってしまうんだよって。でも、ナオさんは「私はステージ4だから時間がない。1分1秒でも早くがんを治せる病気にしたい。だから、私にできることは、なんでも全部やりたい。」と熱く語られました。次第に私は、ナオさんと同じように「がんを治せる病気にするために、もっと自分でやれることをやらなきゃ」と強く思うようになりました。

私がdeleteCの創業メンバーのナオさん・小国さん・長井さんから教わったことは、「発想の転換」です。それまでの私は「がんに詳しい専門家と一緒に事業開発することで、何かイノベーションを起こせる」と思っていました。でも、そうじゃない。がんを治せる世界にしたいと強く願うその想いと、常識や現状にとらわれない行動こそが大切なんだと気付かされました。同時に、この人達の強い想いは普通じゃない、私がやりたかったこともdeleteCなら実現できる!と強く思うようになりました。

中島ナオさんが発明した言葉、「あかるく、かるく、やわらかく」。これは、今もdeleteCが一番大切にしている価値観です。がんの世界は、課題だらけで、暗いし、重たいし、硬いんです。でも、deleteCには「課題ばかりあげて言っていても仕方がない。希望や将来に目を向けて、みんなでがん治療研究を応援しよう」という考えで、心から楽しく活動している人がたくさんいます。deleteCは、患者さんのためにボランティア活動をやっているとか、そういうノリではないんです。がんは誰もが身近に経験し、なんとかしたいと考えています。deleteCはあえて課題に目を向けるのでなく、「希望」となるがん治療研究に目を向けて、みんなで「あかるく、かるく、やわららかく」、一つひとつアクションしていく活動です。ここには、普段の仕事とは違った発想で活動できる面白さがある。夢中になれるワクワク感があります。そのワクワク感こそ、deleteCという組織が続いている秘訣だと私は感じています。

医療チームの一員としてdeleteCで叶えたいこと

※ZOOMで開催したdeleteC書類選考会の写真(2021年9月)

deleteCでは、選考委員の医療者や医療チームメンバーとも楽しくディスカッションしながら、deleteCとしてどんながん治療研究を応援すべきか企画しています。「がんを治せる病気にする」ために、頑張っている研究者を応援したいというコンセプトで、公募を進めています。研究者の中には、様々な理由で途中で挫折してしまう方もいるのですが、そういった方が少しでも長く研究を続けられるよう、一般の人々の熱烈な応援の声が届くような活動をしていきたいと考えています。私達にとって、がん治療研究の一つひとつは希望の種なんです。でも、医療の世界は閉鎖的でメディアに慣れていない先生方も多い。そこで私は先生方とコミュニケーションを取り、研究内容を一般市民へ分かりやすく伝えたり啓発したりする活動をしています。

「がん治療研究ってどこまで進んでいるのか」「研究者が普段どんな活動をしているのか」が、患者さんや一般市民に伝わりきっていないと思うんです。特にがんで辛い想いをしている方々に、最先端の情報や、がんを治したいと思って最前線で頑張っていらっしゃる先生方の姿を届けたい。そのために、研究者をもっと身近に感じられるようなコミュニケーションの仕組みを構築していきたいですね。

最先端の研究者達は、数年後の未来を見据えて着々と治療研究されていますが、世の中にはそのことを知らない人も多い。

「治療研究の内容がもっと一般市民へ伝わる世界を作る」

「身を挺して頑張っている研究者達を、もっと気軽に応援できる仕組みを作る」

deleteCの活動を通じて、これらの目標を実現したいと思ってます。私はdeleteCの中で、最先端の研究や先生方のことを知ったりdeleteCメンバーと話し合うことが、とにかく楽しくて楽しくて仕方なくて。メンバーも、SNSを活用して一般市民へがんの情報を届けることや、普段の暮らしの中でがん治療研究を応援するアクションなど、社会とのコミュニケーションの取り方をデザインしていくことにワクワクしているんです。昼間はそれぞれの分野でプロフェッショナルとして活動して、夜な夜な集まってはワイワイ活動する、ちょっと変わった集団かもしれません(笑)。

deleteCのがん治療研究支援は、希望に満ち溢れている

2022年、deleteCは2名の研究者へ過去最高額となる計600万円を寄付しました。deleteCの活動を通じて研究者を支援してくれる方々は、着実に増えています。がんの研究開発には、何十億円、何百億円、何千億円とかかることもありますが、deleteCに集まった寄付金は、SNSで2万人の投稿アクションによって集まったお金でもあり、一人ひとりの想いが詰まった大切なお金。研究者からしても凄く価値があって、モチベーションが断然上がるんですよ。

先日おこなわれた「deleteC 2022 -HOPE-」も大いに盛り上がりました。このイベントではdeleteCが応援したいがん治療研究や新プロジェクトである「deleteC 推し研!」が発表されましたが、deleteCの活動は希望で溢れるものばかりです。小国代表もよく口にするのですが「deleteCはのびしろばかり」。その通りだと思います。

deleteCのプロジェクトへ参加した人達に、私達が感じている幸せな気持ちやワクワク感を届けたい。今、deleteCメンバーが、絶賛熱く、情熱を注いでいるのは、「deleteC 推し研!」、がん治療研究者を応援するクラウドファンディングです。今回のクラウドファンディングに参加している研究者2人も、SNSでの反応やクラファンでの支援をとても楽しんでくださっています。クラファンを通じて、本気で頑張っているがん治療研究者の凄さをもっと伝えるべきだと思っていますし、研究の凄さを感じた人が、もっともっと応援できる仕組みを構築していきたいです。

あるがん治療研究者の先生から、「がん治療研究は、砂粒みたいなことの積み重ねが大切」と教えていただき、あっ!と思いました。患者さん・一般市民と医療者が、日々協力して実現する臨床研究の積み重ねが、3年後、5年後の未来の治療に繋がり、生存率向上にも貢献します。もしdeleteCの活動に少しでも興味があるようでしたら、私達が青春をかけて開催しているクラウドファンディングのサイトを見て欲しいです。あわせて、deleteCで一緒に活動してみたい人がいたら、ぜひ声を掛けて欲しいと思っています!

 deleteC 推し研!クラウドファンディング特設ページ

がん患者以外にもできることは「知ること」と「興味を持つこと」

がん治療研究というと「難しい世界」と思う方がいるかもしれませんが、あまり構えず、まずは知ること、興味を持つことで十分だと思います。私たちも、「こんなに頑張っている、かっこいい先生達がいる!」ということを、まずは知ってもらいたいと思って動画制作をしています。今年の動画は、研究テーマもさることながら「どんな先生なのか」の人物像にも焦点をあてています。

また、毎年9月には「#deleteC」大作戦というアクションがあります。期間中は、対象商品からCancer(がん)の頭文字である「C」の文字を消してSNSに投稿するだけで、がん研究への寄付に繋がります。少しでも興味を持たれた方は、ぜひ参加されてみてください。

※サントリーCCレモンとの写真(2019年10月)

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