僕にできることなんて、何もないと思っていた
「がんを治せる病気にしたい」
deleteC創業理事の中島ナオのこの想いを、僕はしばらく避けていたんです。
deleteCは2019年にスタートしていますが、ナオちゃんに会ったのは2017年。当時から彼女はこの想いを口にしていたのですが、 僕にできることは何もないと感じていました。
がんを治せる病気にできるのは、お医者さんや研究者、製薬会社、国だけだと思っていたからです。
これまでの僕にとって、がんは近からず遠からずの存在でした。僕の叔父は膵臓がんで他界していますし、高校時代には白血病になった友人もいました。
身近にはあったものの、とにかく「自分にできることはない」と、どこかで決めつけていたんですね。
ただある日、ナオちゃんに渋谷のcafeに呼び出され、面と向かって「がんを治せる病気にしたい」と言われたとき、僕ももう避けられないなと感じて。
同時にナオちゃんが、1枚の名刺を見せてくれたんです。僕と話す前日に会ったMD Anderson Cancer Centerの上野医師の名刺だったのですが「Cancer(がん)」の文字が赤線で消されていました。
この名刺を見た瞬間に思いついたのが「deleteC」のアイデアです。
直訳すると「C(がん)を消去する」となりますが、「がんを消し去りたい」とか「がんを撲滅するぞ」というニュアンスは込めていません。
ナオちゃんも「がんは自分の中にあるものだから、がんを含めて自分。がんを消すというより“アクション”を促したい」と言っていて。
ですから、deleteCが皆さんに促しているアクションも「Cを消そう!」というすごく単純なものです。
そのアクションの裏に「みんなの力で、がんを治せる病気に」の想いを込めて。
deleteCは、強いメッセージを発信するのではなく、誰にでもできるアクションでがん治療研究を応援したい、みんなで進めていきたいと考えています。
これまでに苦労はたくさんあった……だけどdeleteCに「失敗」はない
「Cを消そう」と思いついたものの、ここからが大変でした。
「C」がつく企業や「C」のつく商品を扱っている会社を回って僕とナオちゃんで活動への協力をお願いしに行くのですが、最初はどこも苦笑いされて終わり。100社は訪問しましたね。
ただ、これって当然なんですよ。「商品や企業のロゴのCを消してくれませんか?」こんなこと急に言われても、簡単に許容できるものではありません。企業名や商品名は、それだけ大事なものですからね。
企業側の対応は想定の範囲内ではあったのですが、当初しんどかったのは、医師・研究者さんたちの反応でした。結論からいうと、怒られたんです。
「あなたたち、その言葉の持つ意味がわかって言っているんですか?」と。
「がんを治せる病気にする」というのは、研究者からしてみれば非常に重い言葉。
治せる病気にしたいのは山々だけど、それが難しいことを知っているのは研究者であり、救いたくても救えない命もあると身をもってわかっているのも研究者です。
冷静にお話いただきましたが、内心は怒りに震えていたのかもしれません。
僕たちは「Cを消して研究者たちを応援したい!」という一心でdeleteCを始めましたが、応援したいと思っていた人達を怒らせてしまうというのは想像していなかった分、ショックが大きかったです。
ただ、これらのことを「失敗」とは思っていません。
失敗って、そもそも成功という軸があってこそ成り立つものですよね。もちろん苦労したこと、辛かったことはこれまでたくさんありましたが、誰も見たことのない風景を作ろうとしている僕らに「失敗」はないと思って活動しています。
創業理事たちに出会って変わったこと
deleteC創業理事・中島ナオと長井陽子はがん当事者でもありましたが、彼女たちと出会ってから感じるようになった「がんは憎むべきものではない」という感覚は、個人的にすごく新鮮でした。
長井さんは、ご自身も研究者で非常にクレバーな方でしたが、内面を一言で表すとロックな人。
「どんどん行こうぜ!」と、deleteCの活動を進めるうえで、大きな推進力となってくれました。
僕とナオちゃんがド文系だったので、医学や研究に対してどのようなスタンスであるべきなのかというのは、長井さんが教えてくれました。
「がんも自分の細胞」「自分とともにがんはある」。
これは、ナオちゃんに教えてもらったことです。
ナオちゃんからは、「がんを憎む」という感情をうけたことはあまりありません。
ナオちゃんも長井さんも、もちろんいろいろ思うことはあったと思います。でも、彼女たちは、deleteCの活動も含めて、自分たちの夢を叶えるために様々な活動をしていました。その姿は、単純にかっこよかった。2021年に2人は他界してしまいました。でも、そんな2人の姿を見ていたからか、僕の中にはがんを憎むという感情はわきませんでした。
がんって、どこか白か黒のイメージがあると思います。治った人は白、治らなかった人は黒。
でも、ナオちゃんの言葉を借りれば、そうじゃなくてグラデーションなんですよね。
健康な人と同様に、楽しいときもあれば、楽しめないときもある。嬉しいときもあれば、悲しいときもある。笑ってなくちゃいけないわけでもないし、悲しいことばかりでもない。
2人を見ていて、まさに、グラデーションなんだなと感じていました。ナオちゃんが口にしていて、今ではdeleteCの大切な価値観にもなっている「あかるく、かるく、やわらかく」。
ナオちゃんだからこそ生まれた言葉だったと思います。
「がん」の捉え方・価値観は多種多様だからこそ気を付けなければならない
とはいえ、がん患者さんはもちろん、身近にがんを罹患した人がいる方の全員が同じ価値観を持っているわけではありません。だからこそ、発信には非常に慎重にならなければと思っています。
ナオちゃんも、なにか発信するときはとても慎重でした。
自分はこう思っているけれど、違う捉えられ方をして誰かを傷つける可能性もあると。「そこまで?」と思うほど、SNSの投稿1つとってもかなり慎重に言葉を選んでいました。
deleteCとして届ける言葉には、より慎重になります。相手や世間がどう感じるかわからないですから。これも「グラデーション」だからこそですよね。
がん当事者じゃなくてもできること
「がんの治療研究を支援するには、がんのことを知らなければならない」
こう思っている方が非常に多いんです。これまでやってきたこと、自分や自社との親和性、大義や意義……理屈を考えすぎて、身動きが取れないのはすごくもったいないことだと思います。
だからこそ、僕たちは「カジュアルソーシャルアクション(Casual Social Action、以下CSA)」をやっていこうよと発信しているんです。読んで字のごとく、ソーシャルアクションをもっとカジュアルに。毎年9月に行っている「#deleteC大作戦」なんて、まさにCSAです。対象商品の「C」を消す、それをSNSで投稿する。ただこれだけで、寄付に繋がります。
コクヨさんやカルビーさん、サントリーさんなど、がん治療に直接的に関わっていない企業にも多数ご協賛いただきました。セメダインさんには「自分たちは100年『C』を背負って商売をしてきましたが、この『C』が役に立つのであれば喜んで使っていただきたいです!」とまでおっしゃっていただけました。
「理由」や「目的」を見つけるのは、アクションの後でいい
deleteC大作戦」にも協賛していただいて、今ではコラボ商品も出させていただいているサントリーさんは、deleteCの自動販売機まで作ってくれました。「どうしてここまでやってくれるんですか?」と聞いたら、サントリーの担当者さんは「ノリです!」の一言(笑)。
すごくかっこよくないですか?多分、理屈とか大義とかでいったら、合わないんですよ。「やれることあるなら、やろうよ」これを軽やかに言える人、できる人ってとても素敵だと思うし、こういう活動や気持ちって、周りの人まで巻き込んでしまうものなんですよね。
SNSの取り組みは、一歩間違えれば炎上してもおかしくないと思っています。「がんで遊ぶな」「Cを消して何になる」と。でもそんなことは全然なくて、SNS上には「よくやってくれたカルビー!」「サントリーありがとう!」と、感謝の言葉が溢れるんです。
中には「こんなことやっていいのだろうか」と、最初は踏み込めなかった人もいらっしゃいます。お父様をがんで亡くされていて。でもお子さんがやってみたいということで「C」を消したC.Cレモンの写真を投稿したらしいんです。すると、思いのほか簡単で、達成感もあったようで。「子どもがすごく楽しそうで、自分もなぜだかとてもすっきりして楽しかった。これが力になるのだと実感があった。」と、わざわざ僕に連絡をくれたんです。さらに「もっとdeleteCと一緒になにかしたい」とまで言っていただけました。
行動するには、理屈や覚悟が必要だと思っている方も多いでしょう。でも「やる理由」を並べれば並べるほど続かないんですよね。「なぜ」とか「なんのために」というのは、アクションの後でいいと僕は思うんです。まずは、カジュアルにアクションを起こしてみていただきたいですね。
がんの人も周りの人も、命の重さは同じ
実は僕、33歳のときに心臓病で死にかけたことがありまして。ナオちゃんとは「deleteCをもしどっちかがいなくなっても続けられる活動にしていこう」と話していました。
自分の命は有限だし、寿命をまっとうできるかもわからない。ある日、突然なにかが起こるかもしれないというのは、自分の経験からも思っていることです。ナオちゃんはがんで、ステージ4だった。だけど、ナオちゃんの時間だけが重いわけではなくて、1分1秒の重さというのは誰しもが同じなんですよね。「そんなの当たり前じゃん」とナオちゃんも言っていましたが、deleteCを続けるうえで途中で誰かがいなくなるかもしれないというのは、最初から織り込み済みだったわけです。
この先、僕がいなくなったとしても、誰かがいなくなったとしてもこの活動が続くよう、deleteCでは「言葉で残す」ということをとても大切にしています。先ほども言いましたが、僕たちの大事な価値観である「あかるく、かるく、やわらかく」だったり、deleteCのミッションである「みんなの力で、がんを治せる病気にする」の中の「みんなの力で」というフレーズは特に大切にしていますね。
創業メンバーをなくして、悩むことも増えた
とはいえ、最初から織り込み済みだったから、言葉で残しているから大丈夫だったかというと、全然大丈夫ではありません。ともにdeleteCを立ち上げた仲間を病気で失ったのは、本当に悲しいです。彼女たちが発する言葉の重みと、僕の言葉の重みでは全然違いますよね。2人がいなくなってからの「#deleteC大作戦」では、どんな想いでやればいいのか非常に悩みました。ただ、僕たち何がしたいんだっけ?とあらためて考え直したとき、新たなスローガン「あつまれ、想い。」が浮かんだんです。
単にSNSの投稿数を集めたいわけではない。ただトレンドワードに上がればいいわけでもない。集めたいのは、想いだと。SNSでは、Cを消した写真のみならず、皆さんそれぞれの想いも一緒に投稿してくださるのですが、その文章が心にグッとくるものばかりなんですよね。「3歳の小児がんの子がCを消すことを覚えました!」とか「自分のがんを消してくれたのは治療研究のおかげです」とか。こういう想いを集めて、研究者の方に届けたいなと。研究者の方にとって、皆さん一人ひとりの声がどんなに嬉しいものか僕は見てきました。だからこその「あつまれ、想い。」です。
創業メンバーの2人だけの想いを達成するためではなく、彼女たちと作りたかった世界を作るためにやっているのです。僕たちがやることは、これからも変わりません。
日本におけるがん研究支援の課題とこれから
日本のがん治療研究は、他国と比較して関わっている人がすごく少ないんですよ。アメリカやドイツの場合、がん研究に大きな影響を与えているのは私たちのような一般市民です。
治療研究には、必ず治験が必要です。治験が未来の新たな選択肢を作るものだと納得してもらい、チャレンジしたいと思ってもらえるかは、研究を進めるうえで非常に重要になってきます。でも日本では、研究の段階で関わっている方が少ないので、治験=実験体のイメージもあるでしょうし、そもそも、仕組み自体がなんだかよくわからないという方もたくさんいると思います。僕もそうだったわけですが「治療研究」というと、医療研究者や製薬会社など限られた人だけのものだと思われているんです。
海外には、寄付だけで成り立っているがんの病院も少なくありません。日本では、なかなかそうはいきませんよね。寄付金が少ないということもありますが、そもそも研究や医療に関わる機会が少ないというのが大きな課題だと思います。
deleteCが実現したいこと
deleteCの活動を通して寄付が集まればいいなと思っていますが、100億円集めたいというよりは、1億人に参加してもらいたいんです。deleteCのビジョンにもありますが「ふだんの暮らしの中で、誰もが、がん治療研究を応援できる世界」を目指していきたいですね。子どもからお年寄りまで、医療者やがん当事者以外の人でも、みんなが参加できる仕組みを作っていきたいです。そしていずれは、deleteCが行っている活動が「文化」になっていけばいいなと思っています。
「9月になったらみんなでCを消して投稿しようよ!」
「私この研究者、推してるの!」
こういうことが当たり前になっていくといいですよね。バレンタインにチョコを贈ること、ハロウィンで仮装することも文化になったように、がんの治療研究を応援することを1つの文化にして、関わるプレイヤーをどんどん増やしていきたいですね。
研究者を「推す」という発想
「Cを消しましょう」というアクションを広めていくことから始まったdeleteCですが、2022年から新たなこともスタートさせています。大変ありがたいことに「Cを消す」だけでなく、アスリートの方たちがユニフォームやご自身の大切なものをオークションに出して募金してくれたり、アーティストさんがミュージックビデオを通して募金に繋げてくれたり。このようなことを、周りの皆さんが始めてくださったんです。
だけど、輪が広がっていけばいくほど、「これ、、、Cを消すアクションとは関係ないよね??」というアクションもでてきていて。もはやdeleteCじゃないじゃん!という(笑)。でも、だったらこのアクションはなんなんだろう?と考えたときに「deleteC 推し研!」を思いついたんです。「研究者を推す」で、推し研ですね。「推しキャラ(=イチ推しのキャラクター)」とか「推しメン(=イチ推しのメンバー)」という言葉がありますよね。アイドルを推すように、研究者を推してもいいじゃないと。アスリートやアーティストの方々がやってくださっていたことが、まさに推しだしなと。「推し研!」とすることで、アクションの幅や可能性がぐんと広がったんですよ。たとえば、今deleteCとがん治療の研究者さんとでタッグを組んでクラウドファンディングをしているのですが、これも「推し研!」の1つです。
研究は希望の種……やがて花開く
今回クラウドファンディングに挑戦するのは、名古屋市立大学の奥野先生と慶應義塾大学の大槻先生。お2人とも、過去にdeleteCでがんの研究を表彰させていただいた先生です。当時、寄付金をお渡ししているのですが、deleteCのモットーは「応援する」ではなく「応援しつづける」。あらためて応援できて、我々も嬉しいです。
僕からすれば、研究者って本当にイノベーターですよ。「こんな視点で研究って始まるんだ」と、驚かされます。たとえば大槻先生は、既存の薬をがん治療に使い、がん細胞を呼吸できなくさせて細胞の逃げ道を塞ぐという研究をしていらっしゃいます。「なにその視点?」って、すごく面白くないですか。実現できたら、何万人、何百万人の人生が変わるかもしれない。研究の段階でこのことを知ってもらって、推すことができれば、こんなにハッピーなことはないと思います。「大槻先生や奥野先生、これから何してくれるのかな?!」と、楽しみも増えるはずです。
今回のクラファンは500円からできるので、小さなお子さんも参加してくれているんですよ。まさにアイドルを推すように、研究者の名前を書いたキラキラなうちわを作ってくれたり。先生方も、本当に喜んでくれています。
研究は、「希望の種」。種がちゃんと育ったらさらなる希望に繋がり、推せば推すほど、希望の種が増えたり、花が開いたりするんです。僕はこれまでまったくがん研究のことを知らずに生きてきましたが、研究者を推すのって推しがいがあるんですよ。花開くには、5年、10年かかりますからね。アイドルもそうですが、いきなり武道館でコンサートができるわけではないですよね。推して、育っていく過程を見られるから楽しいのであり、それこそ推しメンを作るでもいいし、箱推しでもいいわけです。数年後、研究が花開いたら「私、最初からこの研究者推していたんだよね」ってぜひドヤっていただきたいですね。