
リンチ症候群は、遺伝性がんの代表的な疾患の1つであり、大腸がんや子宮内膜がん、乳がんなどをはじめ、複数のがんリスクを高める特徴があります。遺伝子の変異によるもので、特定の家族歴を持つ場合に発症のリスクが高まることが知られています。
適切な診断と早期の対策を行うことで、がんの予防や早期発見が可能になります。本記事では、リンチ症候群の特徴や原因、診断基準、早期発見のためのアプローチについて詳しく解説します。
リンチ症候群とは
リンチ症候群は、大腸がんの若年発症や多発がん、さらには多臓器がんを特徴とする遺伝性疾患です。リンチ症候群による大腸がんは、全大腸がんの約4%を占めるとされています。
大腸がん以外に発症リスクが高まることといわれているがんは次のとおりです。
- 胃がん
- 小腸がん
- 腎盂がん
- 尿管がん
- 膀胱がん
- 乳がん
- 膵臓がん
- 子宮内膜がん(子宮体がん)
出典:大腸癌研究会「遺伝性大腸癌診療ガイドライン 2020年版」
リンチ症候群の原因
リンチ症候群は、生まれつき特定の遺伝子に変異が生じることによって発症します。人の体を維持するために約23,000種類の遺伝子が働いていますが、リンチ症候群に関係する遺伝子として、現時点で下記の4つが判明しています。
- MSH2
- MLH1
- MSH6
- PMS2
これらの遺伝子は「ミスマッチ修復遺伝子」と呼ばれ、細胞分裂時に発生するDNAの複製エラーを修復する役割を持ちます。しかし、いずれかの遺伝子に変異があると、DNAの複製エラーが修復されず、がんの原因となる異常な細胞が増殖しやすくなります。
リンチ症候群の原因となる遺伝子変異は、親から子へ50%の確率で受け継がれることがわかっています。ただし、変異が遺伝した場合でも、必ずがんを発症するとは限りません。
現在知られている4つの遺伝子がリンチ症候群の主な原因とされていますが、これらだけで全てを説明することはできません。リンチ症候群はまだ研究途上の疾患であり、将来的には他の原因遺伝子や新しいメカニズムが発見される可能性があります。
リンチ症候群に関連するリスクや健康管理について心配がある場合は、早期に専門医に相談することが重要です。
リンチ症候群の一次スクリーニングについて
リンチ症候群かどうかを診断確定するには、最大で3回のスクリーニングを行い、最終的には遺伝子検査を行います。詳しくは医療機関に相談することをおすすめしますが、ここでは参考までに一次スクリーニングの内容を紹介します。
一次スクリーニングは、家系内のがんの発症パターンを分析することで、リンチ症候群の早期発見につなげることを目的としています。特に若年性の発症や多発がんなど、特徴的な症例がある場合には、詳細な遺伝子検査や専門医による診断が推奨されます。
一次スクリーニングでは、改変アムステルダム基準Ⅱと改訂ベセスダガイドラインに基づき、二次スクリーニングが必要かどうかを判断します。
改変アムステルダム基準Ⅱ
改変アムステルダム診断基準Ⅱ(Revised Amsterdam Criteria Ⅱ)は、1999年に国際HNPCCグループ(ICG-HNPCC)によって提唱された診断基準で、リンチ症候群の疑いがある家系を特定するために用いられます。
大腸がん、小腸がん、腎盂がん、尿管がん、子宮内膜がんに罹患した3名以上の血縁者がいる場合において、以下の5つの条件を全て満たした場合に、リンチ症候群と診断されます。
1.上記のうち1名は、他の2名の第一度近親者(親、子、兄弟姉妹)である
2.継続する二世代以上にわたり、罹患者がいる(親・子、親・子・孫など)
3.罹患者の1名は50歳未満で「大腸がん、小腸がん、腎盂がん、尿管がん、子宮内膜がん」の診断を受けている
4.家族性大腸腺腫症(FAP)が原因ではない
5.がんの診断が組織学的に確認されている
改訂ベセスダガイドライン
改訂ベセスダガイドラインでは、下記すべてを満たす場合に二次スクリーニングへ進みます。
1.50歳未満 で大腸がんと診断された
2.同時性あるいは異時性大腸がんがある、またはリンチ症候群関連腫瘍がある
3.60歳未満 でMSH-Hの組織学的所見 を有する大腸がんと診断された
4.第1度近親者 のうち1人以上がリンチ症候群関連腫瘍に罹患している。また、そのうち1つは 50歳未満 で大腸がんと診断されている。
5.自身が大腸がんと診断されており、さらに第1度または第2度近親者 の 2人以上 がリンチ症候群関連腫瘍と診断されている
上記に当てはまるからといって独自に判断するのではなく、医療機関の遺伝カウンセリング外来などにまずは相談しましょう。遺伝カウンセリング外来は、がんリスクの評価や適切な検査の提案を受けられるほか、遺伝子検査を希望する場合の相談窓口としても利用できます。
リンチ症候群が気になるときはまずは医師に相談しましょう
リンチ症候群は遺伝子変異によって起きるもので、予防法は確立されていません。しかし、早期発見を目指すことで、治療戦略の決定に役立ち、血縁者への影響を抑えられる可能性があります。
リンチ症候群に関する正しい知識を持つことで、自分や家族の健康を守るための行動が取れるようになります。早期発見や適切な予防策を進めるためにも、まずは医師に相談し、専門家と共に最適な道を見つけていきましょう。
■医療監修

西 智弘 医師
2005年北海道大学卒。
室蘭日鋼記念病院で家庭医療を中心に初期研修後、川崎市立井田病院で総合内科/緩和ケアを研修。
その後2009年から栃木県立がんセンターにて腫瘍内科を研修し、2012年から川崎市立井田病院にて腫瘍内科・緩和ケアに従事。
また2017年に一般社団法人プラスケアを立ち上げ、暮らしの保健室や社会的処方研究所の運営に携わっている。