
ファッションリーダーとして、タレントとして常に輝きを放ち続ける梅宮アンナさん。2024年8月、ステージ3の乳がんであることを公表し、日本中に大きな衝撃が走りました。
がん経験者専用がん保険を提供するMICIN(マイシン)少額短期保険株式会社は、その梅宮さんをゲストに迎え、トークイベント「アンナ流 がん治療とライフスタイルUP術」を開催。会場に集まった60名と、オンライン参加の200名を前に食事、アピアランス(外見)ケア、心の持ちよう、仕事やお金についての考え、そして新たな人生の伴侶との生活まで、赤裸々に語っていただきました。
「治療に勝つため」あえて15kg増量。がんとの向き合い方を変えた食生活
梅宮さんは、2024年8月、乳がんの浸潤性小葉がん ステージ3Aであることを公表。その後は抗がん剤治療や右胸の全摘出手術、放射線治療などを経て、投薬治療に移行。
この過程で、標準治療を選択したこと、抗がん剤の副作用や治療のつらさなど、自身の闘病生活についてリアルな想いをSNSで発信され、多くの反響を呼びました。また2025年5月にはアートディレクターの世継恭則氏と結婚し、人生の新たな章を歩み始められています。
さて、最初のトークテーマは「食事について」。がんの告知を受けた当時、梅宮さんはダイエットの真っ最中で、有酸素運動や食事制限で減量し、56kgに。しかし、医師から「抗がん剤治療には体力が必要。少しふくよかな方が耐えられる」と聞き、考えを180度転換します。
「周りからも『食べられるうちに食べなさい』と励まされ、体重を増やすために、ほぼ毎日うどんを食べました」と梅宮さん。術前術後の抗がん剤治療の全期間を通して嘔吐などを引き起こすこともなく、仕事や生活も変わらず送れたとのことでした。
とにかく抗がん剤に打ち勝つという一心で食事を摂ったこと、2024年11月の手術後に服用した鎮痛薬に食欲を増す成分も入っていたこともあいまって、結果的に15kg増えたのですが、「体重を増やしたことで、辛い治療をしっかりと乗り越えられたのだと思います」と、当時を振り返りました。
治療がひと段落するとまた体重はが戻ったそうですが、体重を減らすための方法として、梅宮さんは「自分が何を食べると太りやすいかを分析し、それをあまり食べないように管理しました。私の場合、ご飯やうどん、パンなどの炭水化物で太りやすいことがわかったんです」と話します。
また、食習慣の変化に関しても「先生からは『バランス良く何でも食べていい』と言われていますが、がんが喜ぶと言われる糖分を過剰に摂るのはやめようと決めました。以前はスティックシュガーを3本も入れていたコーヒーや紅茶も、今では一切お砂糖を入れません。自分にとって『これは良くないかな』と思うものを一つずつやめていくだけで、全然違うと思っています」と話してくれました。
命の危機を上回るショックだった「脱毛」。逆境を力に変えたアピアランスケア
2つめのトークテーマは「アピアランス(外見)ケアについて」。モデルという職業柄、外見には人一倍こだわりを持ってきた梅宮さんにとって、抗がん剤の副作用による「脱毛」は、命の危機に匹敵するほどのショックだったと語ります。
「髪の毛がなくなる自分を受け入れられず、10日間泣き続けました。『こんな姿になるなら抗がん剤治療はやりたくない』とさえ思ったほどです」。
しかし、落ち込む中で一つの決意が芽生えます。「素敵なウィッグでおしゃれをして、SNSで発信することで、同じように闘う人たちに勇気を与えられるのではないか」。その日から、脱毛した姿は一切見せず、自分らしいウィッグスタイルを貫くことを決めました。
とはいえ、調べてみると、ナチュラルな頭髪に見える人毛のウィッグは高価で、30万~100万円もしてしまいます。なにより、髪色は黒がほとんどで、昔からハイトーンのカラーリングを楽しんできた梅宮さんにとってはそれも難題でした。
それでもいろいろと探すうちに、トレンドに合った質の良いものをリーズナブルに制作してくれるお店と出会うことができました。自治体による医療用ウィッグの助成金制度なども活用して、今では8万~10万円くらいの4つのウィッグを使いこなしているそうです。
地毛も少しずつ伸びてきており、もう少し長さが出たら、毛先を整えながらベリーショートを楽しみたいとのこと。生え際が、ウィッグからはみ出したりもするそうですが、あまり気にしないといいます。「今日も髪をアップにしていますが、これが自分に似合うと思いますし、元気が出るんです。生え際のことを考えると下ろした方が無難ですが、それより自分らしさのほうが大事ですよね」。
そして、参加者からの事前質問が多かった「切除後の乳房について」にも言及。梅宮さんは右胸を全摘出していますが、手術後は下着の問題に直面しました。術後の傷の痛みで、用意していたパッドや前開きのブラジャーは全く使えず、片胸用の機能的なブラジャーが見つからなかったため、最終的にアメリカからオンラインで購入したそうです。
この経験から、「自分が退院時に困ったのだから、同じ思いをする人をなくしたい」と、乳がん患者のためのおしゃれで機能的なブラジャーのプロデュースを決意。現在、開発を進めており、「病院の売店で誰もが手に取れるような価格で届けたい」と、その熱い思いを語りました。
また、乳房再建に関しては、梅宮さんは今のところ、考えていないそうです。手術前には、いずれ再建すべきだと思っていたそうですが、実際に切除してみて、「胸が必ずなければならない、ということはないんじゃないか」と思うようになったそう。
そうした心境の変化を発信していくことによって、「『胸がなくても、アンナさんのように堂々としていればいいんだ』と、少しでも楽な気持ちになってもらえれば嬉しいです」。

支えはSNSの声。「標準治療」の発信が社会貢献に
3つめのトークテーマは、事前の質問が数多く寄せられた、「心のケアについて」。梅宮さんには、乳がんに罹患してからの”感情曲線”を書いてもらい、それに沿ってお話いただきました。

がん家系で育ち、父・梅宮辰夫さんががんと闘う姿を間近で見てきた梅宮さんは、「いつか自分の番が来る」と覚悟していたため、告知自体は冷静に受け止めたと言います。むしろ、自分ががんになったのには意味があるはずと考え、やるべきことに思いを馳せてワクワクした気持ちすらあったそう。
そんな梅宮さんが最も落ち込んだのは、脱毛のタイミングでしたが、SNSを通じて寄せられた多くの応援メッセージが大きな支えとなり、前向きな気持ちを取り戻すことができたとのこと。「がんになったことを包み隠さず公表したことで、想像以上の方々からコメントをいただき、それが本当に力になりました」と、受け取った励ましの大きさを振り返りました。
また、梅宮さんが一貫して「標準治療」を選択したことを発信し続けたことは、多くの医療従事者から感謝されたと言います。「私にとっては当たり前の選択でしたが、『有名人が標準治療の良さを伝えてくれてありがたい』という声をいただき、自分の発信が社会貢献にも繋がっているのだと実感しました。誰かのために、という思いが私のSNSの原動力です」。
次に感情曲線が落ち込んだのは、がんを公表したことにより、それまで続けてきた仕事が失われたという事実。しかし、梅宮さんはこの経験を新たな出発点と捉え、「がんにまつわる仕事」をしていきたいと強く思うようになったそう。がんになったからこそ見えてきた視点や、世の中に必要だと思う事柄を元に、積極的にメッセージを訴えていきたいと言います。それは例えばがん経験者を取り巻く社会の雰囲気。「2人に1人ががんになると言われているのだから、もう少しカジュアルに話せるような社会になるようにアクションしていきたい」のだとか。
生きていることへの感謝。涙で語ったメッセージ
現在、梅宮さんは標準治療を終え、月1回通院しながら、ホルモン剤、抗がん剤の服用による治療を引き続き行っています。
そうしたなかで先日、アートディレクター世継恭則氏との電撃的な結婚発表のニュースがありました。そこで、最後のトークテーマとして、「結婚とライフプランの変化について」もお話を伺いました。実は梅宮さんは闘病中、夫婦で病院に来ている人を見るたび、「誰かと一緒にいたい」と強く感じていたと言います。
世継さんとは出会って10日で結婚を決められましたが、「出会い方や期間は関係ないと思う」とのこと。実際、結婚後は価値観が合わないと思う点もあるそうですが、世継さんの「違う価値観同士が合わさって、新しい価値観を生めばいい」との意見に共感。互いに協力し、支え合うことの大切さを日々学んでいると幸せそうに語りました。
トークショーの最後、梅宮さんは声を詰まらせ、涙ながらに感謝の思いを伝えました。
「あの時、体の異変を後回しにせず病院に行ったから、今こうして皆さんの前でお話ができています。治療がうまくいったことも、薬が合ったことも、本当に感謝しかありません。生きていることに、本当に感謝しなきゃいけないですよね」。
梅宮さんのありのままの言葉と、力強く前を向く姿は、会場にいる多くの参加者に深い感動と明日への活力を与えました。梅宮さんの経験やアドバイスから、ぜひ「自分らしく生きる」ためのヒントを見つけてみてください。
※本記事の内容については、イベント当時の個人の体験を元に構成したものであり、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありませんし、治療方針等については当社が推奨するものでもありません。ご自身の主治医とよく話し合い、最善の治療を選択してください。