「知ってほしい」から始まった、乳房再建とNPO設立の軌跡

2025.07.17

乳房再建手術の正しい理解の普及と乳がん患者さんのQOL向上をめざして活動している「NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー/E-BeC」。その理事長の真水美佳さんは、左右両方の胸が同時に乳がんになり、乳房再建手術を経験したひとりです。乳房再建シリーズ3回目は、真水さんの自分の体の組織を使う「自家組織再建」の体験とNPO法人設立に至ったストーリーを聞きました。

取材・執筆/増田美加(女性医療ジャーナリスト) 

真水 美佳(ますい みか)さん 
NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー/E-BeC 理事長 

2007年12月 両側乳がんの告知を受ける。 

2008年3月  右乳房全摘、左乳房温存の乳がん手術と同時に、右乳房の自家組織再建手術を受ける。 

2010年 自身の乳がん体験をもとに写真集『いのちの乳房-乳がんによる「乳房再建手術」にのぞんだ19人』 (撮影/荒木経惟、発行/赤々舎)を企画・出版。 

2013年1月 NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー設立。 

2013年9月 「乳房再建全国キャラバン」をスタート。 

国家資格キャリアコンサルタント、2級キャリアコンサルティング技能士、両立支援コーディネーター、NPO法人キャンサーネットジャパン認定乳がん体験者コーディネーター。 

年末に左右両方の胸に乳がんが発覚! 

2007年の秋、真水美佳さんが48歳のことです。 

「会社の健康診断で行ったマンモグラフィで両方の胸に異常が見つかり、精密検査のために大きな病院へ行きました。複数の検査をくり返した結果、両胸に乳がんがあることを告知されたのです」と話す真水さん。告知を受けたのはクリスマスの翌日、12月26日。2007年が暮れようとしているときでした。 

 左乳房には約2.5センチのしこり、右乳房には3ミリと7ミリのしこりが2カ所にあるという診断。左乳房は、乳房を残す温存手術ができるが、右乳房はがんがつながっていたら、乳輪と乳頭も切除する、手術台の上で乳房全摘手術に切り替えるますと説明を受けました。

 真水さんは混乱する中で「右側は全摘。左は残せるけど胸が左上にひきつれると聞かされて、手術後の私の胸はどうなってしまうのか、不安で仕方ありませんでした。左乳房のしこりの方が大きいのに、左は乳房が残せて、右は乳房が残せないのは、なぜ?」と不信感でいっぱいになり、途方に暮れたと言います。

「胸を切らない方法はないものかと考えましたが、がんの治療専門情報はもちろん本やインターネットなどわずかな情報でも見るのは恐ろし過ぎて見ないようにしていました。ただただイヤになっていた時期でした。

入浴時に鏡に映った自分の胸を見るたびに、もう二度と傷のない胸を見ることはできないんだという絶望感で泣いてばかりいました。」 

胸を失うのはイヤ! 病院探しに奔走 

乳房再建手術のことを聞いたのは、最初の病院です。そこで初めて「乳房再建手術」という言葉を知りました。

しかし、「うちではやっていないから再建したければ自分で病院を探してください、紹介状はいくらでも書きます」と言われました。

 年明け1月、一刻を争う状況と感じていた真水さんは、意を決してセカンドオピニオンを受けに別の病院に行きます。 

そこで初めて、乳房再建手術はどのようなものかを知りました。でも、その病院では、手術は5月以降になるとのこと。「そんな先まで待てない…」

 元の病院は予約を取っていなかったため、すぐに受診できず、友人が教えてくれた別の病院も先の予約しか取れません。 「このままではどんどん時間が経ってしまい、がんが進行してしまうのではないか」と焦っていました。

そのときは、「もう治療をやめてしまおう。胸を失うのは絶対イヤ。どうせ人間いつかは死ぬのだから、このまま何もしないで天寿を全うしよう、と自暴自棄になっていました。でもそんなとき、最初の病院で聞いた、乳房再建という言葉を思い出したんです」

 真水さんが必死で、インターネットで調べてヒットしたのが乳房再建手術の主治医となる佐武利彦先生(現・富山大学学術研究部医学系 形成再建外科・美容外科教授)が当時いた病院でした。 

乳がん手術と再建手術が同時にできる! 

「乳房再建の形成外科医、佐武先生の予約はすぐ2月頭に取れました。佐武先生と会うと乳がんの手術と乳房再建手術が同時にできるという説明を受けました。それまで、どの病院でも拒まれ、手術難民だと感じていた私は、驚きました。そのまま乳腺外科医の予約に回してもらい、3月3日に乳がん手術と乳房再建手術を同時に行う予約がスムーズに入ったのです」 

 真水さんが行った右胸の乳房再建手術は、腹部の自分の組織(自家組織)を使って行う「穿通枝皮弁法(せんつうしひべんほう)」。乳輪、乳頭は残せることになりました。 

手術は12時間に及び、病室のベッドに戻ったときは、点滴の管と血圧計がつき、尿道カテーテルが入り、両脚に血栓症防止サポーターを履かされていて、座薬の鎮痛剤を入れて寝たきりの状態。翌日から食事が出ましたが、手が上がらないため、歯磨きも食事も全介助で個室で3日間過ごします。4日目からは4人部屋に引っ越し、点滴ポールに寄りかかりながらも、なんとか歩けるようになりました。入院は8日間。 

 「穿通枝皮弁法」は、腹部の皮膚と脂肪組織を使う再建のため、おなかはおへそを含んで木の葉型に大きく切除します。おなかには横に約40センチの傷あとが残り、切り取ったおへその形は作ってもらえます。 

「怖くて術後の胸はなかなか見られませんでしたが、最初の病院で、右胸はなくなる、左胸はひきつれる、と言われたことを考えると、乳がんの手術と乳房再建手術が同時にできて、胸を失わずに済んだことだけでも十分でした。退院すぐは腕が上がらない、おなかが痛くてまっすぐ歩けず、でしたが胸があってよかった…」 

「穿通枝皮弁法」やその他の自家組織再建については、NPO法人E-BeC ホームページ を参照ください。 

術後10年経って好きな下着を着けられる喜び 

退院3日、傘を杖代わりに散歩し、退院1週間後に病院で診察。術後の傷をキレイに治すために傷あとにテープを貼るテープケアを始めました。2週間後にはバスで会社に行き、打ち合わせをしたり、社会に馴染むトレーニングとして少し電車に乗ってみたり。1か月後から時差通勤で出社し始めました。 

「約1か月仕事を休職しましたが、復職のペースは人それぞれだと思います。私は、1か月で姿勢も元に戻り、仕事も普通にできるようになりました。再建した胸の納まりがよくなって、落ち着いたと感じるまでには、3年くらいかかりました。困ったのはブラジャーです。ブラジャーの端が皮膚に当たって神経に触ると頭痛がしたので、合う下着がなかなかなく、ブラトップ付きキャミソールや前開きで柔らかいブラジャーを着けていました。 

 罹患前はお洒落なレースの下着を集めていましたが、全て着けられず、お揃いのブラジャーとキャミソールなどのセットは、全部友達にあげました。それはちょっと悲しかったです。術後10年くらいからでしょうか、自分の好きな下着が着けられるようになったのは。術後17年経ち、今は何の不都合もありません。おなかの脂肪で作った右胸なので、太るとおなかに脂肪がつくのと同様に胸も大きくなってしまい、左右差が出るので、太らないようにだけ気をつけています」 

乳房再建の写真集を作りたい! 

  真水さんがNPO法人を設立するきっかけになったのは、2010年に企画した写真集『いのちの乳房-乳がんによる「乳房再建手術」にのぞんだ19人』の出版です。 

「私は、乳がんの手術と乳房再建を同時に行ったので、いわゆる乳房の喪失感は味わっていません。それでも、術後どんな胸になるのか知りたかった。知っていれば、怖さや不安はもっと減っていたと思うのです。 

それに、もし乳がん告知を受ける前から、乳房再建という方法があって、胸を作ることができるとわかっていたら、乳がん告知でパニックに陥ることもなかった、とさえ思います。 

 乳房再建経験者たちの写真集を作ることで、目に見える形で伝えることができたら、手術への恐怖感に苛まれている人や乳房の喪失や変形を受け入れざる得ない人にも、病気に立ち向かう勇気や希望をもってもらえると思ったのです」 

 ならば、素晴らしい写真家に撮影してもらわなければ、とアラーキーこと荒木経惟さんに撮影を依頼。こうしてできたのが1冊目の写真集です。 

 その後、真水さんは全国のさまざまな医師を訪ねて、乳がんや乳房再建の現状を知り、医療情報の地域格差に驚き、一念発起して会社を退社。医療情報を発信して、全国どこでも平等に情報を受け取れる社会を作りたいと、2013年、NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー/E-BeCを設立しました。 

「私にとって乳房再建とは、当たり前の日常を取り戻すことでした。乳房再建をして、乳がんになる前の今まで通りの当たり前を継続できることの幸せを実感しています。もちろん、乳房再建手術は乳がん治療の選択肢のひとつで、誰もが受けなくてはならないものではありません。乳房再建をするかしないかは、一人ひとりの自由です。でも、乳房再建という治療があることを知らない地域の人たちもいる。情報は平等に提供されなくてはならないと思います。 

 私のように乳房再建という言葉を知ったことで、病気と冷静に向き合い、治療に前向きになれる人もいるはずです」 

 NPO法人E-BeCでは、「乳房再建全国キャラバン」を2013年から全国各地で40数回にわたり展開。医師によるセミナーや相談会を行なっています。また第3土曜日には「乳房再建ミーティング」をリアルとオンラインのハイブリッドで開催。少人数で自分たちの乳房再建の経験を話しながら、これから再建したい人、迷っている人の相談にのっています。 

 そして、乳房再建写真集の第二弾、蜷川実花さん撮影による『New Born ~乳房再建の女神たち~』も発売となっています。 

 次回は、真水美佳さんと真水さんの乳房再建の主治医、佐武利彦先生の対談を予定しています。お楽しみに! 

写真左 『乳房再建手術 Hand Book ~乳がん患者さんのためのQOL向上ガイド』企画・制作/NPO法人エンパワリングブレストキャンサー https://www.e-bec.com/ こちらのサイトからダウンロード可能。


写真中央 『いのちの乳房 ~乳がんによる「乳房再建手術」にのぞんだ19人』(赤々舎)写真/荒木経惟 企画/STPプロジェクト(現・NPO法人エンパワリングブレストキャンサー)

写真右 『New Born-乳房再建の女神たち-』(赤々舎) 写真/蜷川実花 
企画/NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー/E-BeC  

NPO法人エンパワリング ブレストキャンサー/E-BeC  https://www.e-bec.com/ 

乳がんと診断され、戸惑いや不安の中にいる方、あるいは手術による喪失感にとらわれている方が、「乳房再建という選択肢があることを正しく知ったうえで、自分らしい選択ができる」ことを目的に活動。乳房再建手術についての詳しい情報や乳房再建のセミナー情報などについてもホームページに掲載されている。 

(左)真水美佳さん (右)医療ジャーナリスト 増田美加 

取材・執筆/増田美加(女性医療ジャーナリスト) 

当事者視点に立った女性のヘルスケアや医療情報について執筆、講演を行う。 

乳がんサバイバーでもあり、がんやがん検診の啓発活動を行う。 

NPO法人「乳がん画像診断ネットワーク(BCIN)」副理事長。NPO法人「女性医療ネットワーク」理事。NPO法人「キャンサーネットジャパン(CNJ)」乳がん体験者コーディネーター。NPO法人「日本医学ジャーナリスト協会」会員。 

増田美加オフィシャルサイト
http://office-mikamasuda.com/  

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