
第4期がん対策推進基本計画が策定され、その3本柱の一つには「がんとの共生」が設定されています。日本がんサポーティブケア学会の理事長 佐伯俊昭先生に、サバイバーシップ支援における現状の課題と今後の支援体制がどうなっていくのか、お話を伺いました。
佐伯俊昭先生プロフィール
1982年広島大学医学部卒業。国立病院機構四国がんセンター、米国立がん研究所、埼玉医科大学国際医療センター副院長・包括的がんセンター長などを経て、2019年から現職、埼玉医大国際医療センター病院長、乳腺腫瘍科教授。
がん治療とサポーティブケアを、両輪で回していく必要がある
ー 第4期がん対策推進基本計画が策定されて、今後、サバイバーシップ支援の拡充がより求められるようになっていくと思いますが、まずは現状の課題について教えてください。
佐伯先生:まず、がんという病気は、一昔前までは亡くなる病気だったわけですが、医療水準が上がったことによって、長生きできる病気になりました。
これによって何が起きたかというと、抗がん剤や放射線によって生じる副作用やアピアランス(外見)に関する問題、妊孕性温存などにもフォーカスが当たるようになり、またがんの治療後に脳梗塞や心筋梗塞といった別の疾患を罹患するケースも増えてきました。
つい最近までは、「がんの治療」に注力するばかり、サバイバーシップ支援についてはどうしても二の次になっていた部分があると思います。けれども、患者さんのことを考えるとやっぱりがんの治療とサポーティブケアは両輪で回していかなければいけないものです。
「がんの治療によって、お子さんができにくくなるのは仕方ないよね」「治療にあたり副作用があるのは仕方ないよね」と考える医師も一定数いらっしゃいますが、患者さんやご家族にとってはとても重要なことです。
医療を提供する立場として、常にそういう視点を持っておかなければなりません。サポーティブケアをしっかり提供しなければ、がん医療としては不十分だと思っています。
ー もしそういった後遺症に無関心なお医者さんに当たってしまったとして、どうすればその問題を解決できるのでしょうか。
佐伯先生:まず医師だけでカバーするのにはどうしても限界があります。一人の患者さんの診療にかかる時間は限られていますから、その前に薬剤師さんや看護師さんがスクリーニングして、患者さんの声をできるだけ吸い上げる、チームで支援する体制を整えていくことが大切だと思います。
例えば、がん研(がん研究会有明病院)なんかには、病院内にトータルケアセンターといったサバイバーシップ専門の施設がありますよね。あれだけがんの治療に一生懸命な病院にもそういった施設があるということは、やっぱりそういうところがないと、患者さんに継続的に信用してもらえないし、満足度も低くなるということだと思います。
副作用のコントロールに、運動やリラクゼーションは効果的?

佐伯先生:2010年に「制吐薬適正使用ガイドライン」を作るという話があり、この領域のエビデンスを調べたのですが、当時は日本の論文がなく、ほとんどが海外の論文ばかりでした。
ガイドラインができてからも、色んなところに講演会に呼ばれたのですが、講演会会場で会う先生は「そんな高い薬を使わなくても、僕の患者さんは吐いていないよ」と言うわけですよ。でも、同じ講演会会場にいる薬剤師さんなんかは「いや先生、患者さんは苦しんでいます」と言うわけです。
先ほど申し上げたように、がん治療に関わる医師は、がんをやっつけることに意識が向くあまり、副作用のことはつい蔑ろになってしまっていました。
だから、患者さんが副作用で苦しんでいるかどうか確認もしない。もちろん患者さんから相談したら答えてくれると思いますが、患者さんのほうから相談ができる人って非常に少ないから、主治医も悩んでいることに気づかない時代がありました。
今は、「こういう抗がん剤を使うときは、これぐらいの制吐薬を使いましょう」というのが、ガイドラインに明記してありますので、吐き気はずいぶんとコントロールできるようになっています。
ー 吐き気が辛くて、薬の服用をやめてしまうような人も中にはいらっしゃると聞きます。
佐伯先生:仰る通りです。だからそこに出てきたのがPRO(患者報告アウトカム)¹なんです。 患者さんの声をちゃんと聞いて、治療効果を判定する必要がある。
たとえば、新薬ができて論文雑誌に掲載されたとしたら、掲載された10ページのうち9ページがいかにこの薬が効果的かといった記載で、最後の1ページに副作用について書いてあるくらいです。
その裏では副作用でどれだけの患者さんが苦しんでいるのか。患者さんの訴えという部分にもフォーカスを当ててディスカッションしていく必要があると思います。
ー 副作用のコントロールに、運動療法やリラクゼーションも効果あると言うことはエビデンスとしてちゃんと認められていますよね。
佐伯先生:そうですね。患者さんは、明日抗がん剤治療で吐き気がくるとなると、それだけで暗い気持ちになりますが、リラックスできると治療も頑張ろうという気持ちにもなれますよね。制吐療法のガイドラインには、リラクジェーションや鍼灸、漢方に関しても効果があると書かれています。これらは立派な医療の一部ですよね。
ところが日本の一部の医師は、はっきり言ってそれを馬鹿にしているという風潮があります。海外に目を向けると米国のMDアンダーソンがんセンター²には、ずいぶん前から鍼治療の部門も設置されていたりもします。
日本でもがん拠点病院では、毎月ヨガ教室を開催していたりもしますよね。そういった取り組みがもっと広がっていくといいと思いますね。
がん経験者が高齢になることで生じる課題

ー 冒頭で、高齢のがん経験者が増えてきているというお話がありましたが、高齢の方に対してはどのような支援が必要になってくるのでしょうか?
佐伯先生:まず、がんになったあとに、脳卒中や心臓病にかかる人が増えてきましたが、一部のがん拠点病院はがんに特化している反面、他の疾患の治療には明るくないというのがあります。
そうなると、連携先の近くの病院で脳と心臓の治療をすることになるわけですが、その場合、疾患ごとの治療計画を立てる必要が出てきてしまいます。そうではなくて、患者さんがかかる病気は一つとは限らないのだから、患者ごとに治療計画を立てるのが理想の形だと思います。
「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」が、がん対策基本法に10年遅れの2018年に成立しました。その時に厚労省からは、今まではそれぞれの三大疾病(がん・脳卒中・心筋梗塞)で医療政策計画を出してきたのを統合しなさいという通達が自治体にあったようです。
今後、支援体制に関しても、より包括的なものに見直されていくかもしれません。
あと、これはがん患者に限らずですが、日本は健康寿命と平均寿命の差が長い、つまりこれは不健康な期間が長いことが課題として挙げられます。
その理由の一つとしては、高齢者に対する医療の過剰提供があります。
欧米ですと、もしものときに、どのような医療やケアをいつまで望むのかを前持って話し合うACP(アドバンス・ケア・プランニング³が早い段階で行われますが、日本ではまだまだACPは浸透していません。
これまでのがん医療は、全生存期間をいかに伸ばすかということを目標に掲げてずっとやってきたわけですから、急に健康寿命を伸ばしましょうといっても、そううまくはいきませんよね。
高齢の方ががんになった場合は、最初から介護を視野に入れて、治療計画を立てる必要があると言えます。50代の方と70代の方で同じ量の薬を投与することが適切なのでしょうか。いっそのことがんの治療を辞めて、ご家族とご自宅で過ごすという選択もありだと思います。
ご本人やご家族の方が満足できるかたちを探るために、ACPをさらに浸透させていく必要があると思います。
1) PRO(Patient Reported Outcome)…臨床試験において医師による評価ではなく、患者さん自らの評価や症状の訴えなどの報告のこと
2) MDアンダーソンがんセンター…米テキサス州ヒューストンにある患者さんの評価、ケア、治療、がん管理をはじめ、がんの研究、教育、予防も含む包括的ながん患者医療サービスを専門とする、世界で最も高い評価を受けているがんセンターの1つ
3) ACP(Advance Care Planning)…将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、患者さんを主体に、そのご家族や近しい人、医療・ケアチームが、繰り返し話し合いを行い、患者さんの意思決定を支援するプロセスのこと。「人生会議」とも。
※この記事は2023年8月に行った取材を元に構成しています。