
がんの治療を続けながら働くことは、想像以上にエネルギーが必要です。体調や職場の理解、人間関係、将来の不安…。どこかで「そろそろ限界かも」と感じる方も多いでしょう。
でも、「今すぐ退職して治療に専念」と結論を急ぐ必要はありません。制度を上手に活用すれば、立て直す時間を確保できます。
今回は、実際に相談を受けた方のケースを紹介します。
もう続けられない、と考えた日
「もう少し頑張れると思っていたんですけどね」
そう話してくれたのは、事務職として20年以上勤めた50代の女性、Aさん。
50歳のとき(2年前)に乳がんの診断を受け、抗がん剤治療と手術、放射線治療を経て職場に復帰しました。現在は、ホルモン療法として薬を毎日飲んでいます。
復帰当初は、前のように働けると思っていたものの、治療後の体力低下や集中力の低下、再発への不安が重なり、仕事を続けることが難しくなっていきました。
同僚にも気をつかわせたくないという思いから、Aさんは静かに退職を決意します。
「退職したら、収入はゼロになりますよね。傷病手当金も、もうもらえないですよね?」
そう話すAさんの声には、不安がにじんでいました。
退職して貯蓄を使い切ったら、実家に帰るしかない?
Aさんのことを、詳しくご紹介します。
Aさん
52歳、独身、東京都内で一人暮らし
年収400万円、貯蓄は320万円
勤務先は上場企業、勤続21年、事務職(総務)
住まいは賃貸、家賃は月9万円
家賃以外の生活費は、月約14万円
乳がんの治療は、抗がん剤と手術、放射線治療、その後はホルモン療法で現在も薬の内服を続けています。
手術の前後は、5か月ほど仕事を休みましたが、その時は有給休暇と傷病手当金を受け取りましたので、収入が減る心配はそれほどなかったと言います。
最近の体調は、抗がん剤をしていた時のような激しい副作用はないものの、疲れやすく、帰宅するとぐったりして、すぐに寝てしまうことが増えました。
精神的にも落ち込むことが増え、このまま仕事を続けることのデメリットを感じています。
とはいえ、退職して収入がゼロになったら、貯蓄を取り崩して生活することになる。退職金があっても、数年で蓄えは途絶えてしまう。そうしたら実家に戻るしかないが、老親に心配もかけられないし、通院先も変えざるを得ない。どうしたらいいのか…。
そんな、行き詰まった気持ちを抱えていました。
まずは就業規則を確認
気持ちも身体も辛くなったら、仕事を続けるより、まずはしっかり休みたいところです。
その時、勤務先にいきなり退職の意思表示をする前に、就業規則などで休業の制度を調べましょう。
就業規則では、有給休暇の残り日数だけではなく、次に付与される月も確認しておきます。
また、病気療養のために休業できる期間があるかどうかも確認しましょう。無給だとしても在籍し続けられることで、社会保険上のメリットもあります。
社会保険は、毎月の保険料負担が勤務先との折半です。つまり、保険料が半額ですんでいるのと同じなので、退職して国民健康保険などになるより負担が軽くなります。
さらにAさんの場合には、医療費が高額になった場合に、「高額療養費制度」の上乗せ制度「付加給付」がありましたので、医療費の負担も軽くすることができました。
Aさんは、休業の制度を利用して半年休めることがわかりました。
病気療養のための休業となると、主治医の診断書が必要になりますが、Aさんは主治医に体調不良で仕事が厳しくなっていることを以前から相談していたので、スムーズに書類を準備することができました。
傷病手当金は、最長で通算1年6か月
Aさんの場合、休職中は無給なので傷病手当金の申請もします。
手続きは休んだ後ですので、その間の生活費は貯蓄を取り崩すことになりますが、あとから傷病手当金が受け取れるので、貯蓄が減る不安は軽減されるのではないでしょうか。
実は、Aさんのように、「療養=退職=収入ゼロ」と思い込んでいる方は少なくありません。
しかし、退職をせずにしばらく休業できる場合があります。そして休職中に傷病手当金を受け取れれば、生活費の助けになります。
傷病手当金は、同一疾病で最長、通算1年6か月受け取れます(2022年1月1日施行の法改正による)。
Aさんは、2年前の休職時に傷病手当金を受け取っていましたが、通算日数には達していませんのでまだ残っています。
ですから、休職中に再度、申請することができます。

傷病手当金は退職後まで利用できる場合も
そして、仮に退職をしても、条件を満たしていれば退職後も傷病手当金を受け取ることができます。
条件は2つあります。
条件1・退職前に健康保険に1年以上加入していること
条件2・退職時点で傷病手当金の受給中、または受給条件を満たしていること
Aさんの場合には、勤続21年ですから条件1は満たしていることが確認できました。
条件2についても、退職時には欠勤して傷病手当金を支給されていれば、こちらの条件も満たすことになります。
気を付けたいのは、「退職日に出勤しない」ということです。退職日に引継ぎのために出社したことで条件2を満たさなかったと判断されたケースもありますのでご注意ください。判断は、加入している健康保険がします。
退職後は、雇用保険の延長申請も忘れずに
次に確認したのが、ハローワークでの雇用保険の受給期間延長申請です。
退職したら失業保険、と思う人も多いのですが、雇用保険の基本手当、いわゆる失業保険は、「働く意欲があり、働ける状態であるにもかかわらず仕事につくことができない」場合に受け取れるものです。
ですから、Aさんのように体調不良でしばらく就職は難しい、といった場合には失業保険の対象になりません。
しかし、受け取れる可能性がまったく無くなってしまうわけではありません。
失業保険の受給期間は退職から基本的に1年間ですが、療養などで30日以上働けない場合、働けない日数分を延長することができます。
延長は最長3年、本来の1年間をあわせると合計4年間に後ろ倒しにできます。
Aさんの場合も、この申請を行うことで「将来、少し元気になったら働き方を考えればいい。気持ちが楽になった」と話してくれました。
FPから見た、相談のタイミング
退職に関する相談は、退職後では選択肢が限られてしまうケースが少なくありません。
ここまで見てきたように、退職前や退職直後の手続きが大切になることが多いからです。
退職は、体力的にも精神的にも消耗しているタイミング。
その中で制度の細かい手続きを自分で調べるのは大変です。
だからこそ、早めに病院の医療ソーシャルワーカー(がん相談支援センター)やFP、社会保険労務士など専門家へ相談しておくことが、安心して次の一歩を踏み出すカギになります。
Aさんのケースでは、制度をひとつずつ整理したことで、生活の見通しを立てることができました。
このように、制度をつなぐ力が、生活を立て直す力になります。
どの制度も、ひとつで生活を支えるには不十分でも、組み合わせることで安心につながります。
制度を知り、計画的に使うことで、焦らず自分のペースを取り戻すことができます。
そして、また自分らしい生活を築くためのスタートラインに立つことができる。
Aさんのように、「退職=終わりじゃなかった」と思える人が増えていくこと。それが、支援に携わる私たちFPの願いでもあります。
<関連リンク>
がんで仕事を辞める前に確認すること|社会保険・傷病手当金・失業給付のポイント

執筆 /松川 紀代(まつかわ きよ)
患者家計アドバイザー®AFP、2級ファイナンシャルプランニング技能士
メディカルFPサービス代表、一般社団法人患者家計サポート協会
2011年に乳がんが見つかり治療。がんの治療とお金に悩んだ経験から、2015年より患者支援を主軸としたファイナンシャル・プランナーとしての活動をスタート。
また、2016年からピアサポーターとしても活動をしている(日本癌治療学会認定がん医療ネットワークシニアナビゲーター)。FPとピアサポーターの視点を生かした患者支援を目指し、執筆、相談を中心に活動。